Eternal Snow

104/プロジェクト強制参加

 

 

 

程よく青春やら熱血やらをこなした一弥と純一。

音夢とことりもそろそろ回復している頃合だと判断し、帰宅の徒につく。

元々相手を心の底から殺したい程仲が悪い訳ではない。

度を過ぎていたとはいえ、それこそ青春の如く、既に表情は和らいでいた。

 

 

 

 「ああ、そうそう。一弥、舞人さんから連絡来てるよな?」

 

 

 「え? 何の話?」

 

 

 「ん? 聞いてないのか? 今度の大会で俺達がイベントの主役張るって」

 

 

 「はぁ?」

 

 

 

一弥、全くの初耳。

そもそも一弥が知っているのは、上役の策略によって

自分達神器が同じチームにさせられたということくらいだ。

ただでさえ充分頭が痛いのに、これ以上また何かあるなんて聞きたくも無い。

が、聞かないと拙いのだろう……何せ舞人が関わっているらしいし。

 

 

 

 「全然聞いてないよ? どういうこと?」

 

 

 

内心怒鳴りつけたいのを堪えて、一弥は訊ねた。

イベントの主役という単語が実に気になる。

何の変哲も無い合同大会で一体どんなイベントがあるというのか?

 

 

――――ま、まさか!? まさかまさか自分達の正体をバラすとかそういう話!?

 

 

 

 「駄目駄目駄目! 正体バラしてどうするのっ!?」

 

 

 「何言ってんだお前、んなわけねぇだろ。頭沸いたか?」

 

 

 

と言われ、確かに純一は何も言っていない事に気付く。

瞬間に早合点した自分を恥じる。

 

 

 

 「う……」

 

 

 「舞人さんから連絡があったんだよ、俺らは大会を楽しめる訳じゃないだろ?

  どうせ雑魚チームだからって非難轟々雨嵐が確定してるんだから

  一方的にストレス溜め込むのはやめて、その分楽しもうぜってさ」

 

 

 

意味は判らなくもない。

神器という肩書きを持つ以上、もし本気を出せば間違いなく優勝できる。

知っている者からすれば、優勝しなければ逆に八百長だとか詐欺だと思うだろう。

しかしそれはあくまでもIFの話であり、対外的には低ランクチーム。

誰かに言われるまでもなく、自分達で口に出すわけでもなく初戦敗退は決定事項。

負けることそのものに文句は無いが、雑魚だの侮辱は必然的に付き纏うだろう。

自分達はまだ子供だし、外には出さなくても内心の憤りは免れまい。

大会で憂鬱になる理由としては充分だ。

折角わざわざ出場しているというのに、嫌な気分で終わるのは好ましくない。

精神的苦痛を和らげるために楽しめることをしよう、ということなのだろう。

それはよく判る……判るのだが。

 

 

 

 「イベントって、何やるの?」

 

 

 

そう、そこが最重要問題なのだ。

自分達が神器と呼ばれる以前の名を思い出せば……いややめよう。

ただでさえ不名誉な名前だ、思い出したら余計に気が滅入る。

 

 

 

 「俺ら五人でバンド組んでゲリラライブ」

 

 

 「……………………」

 

 

 

ぱちぱちぱち、と目を瞬かせる。

 

 

 

――――え? 何ソレ? 異国語?

 

――――ゲリラ? てことは予定外のハプニング前提?

 

――――ていうかそもそも『五人』? 『三人』じゃなくて、『五人』?

 

――――僕と兄さん、頭数?

 

 

 

あえてここで『僕と兄さん』と指定しているのは無視しよう。

自分達は神器の良心なのだ、馬鹿げたことには参加しないのだ!

とか何とか思いたいらしい。以上、思考ストップ。

 

 

 

 「おーい、か〜ず〜や〜?」

 

 

 「………………」

 

 

 

フリーズ中の一弥。

純一が目の前で手を振っても、微動だにしない。

とりあえず次の一手、猫だましをかけてみるが反応無し。

無駄に力が入ったのか、叩いた純一の両手がジンジンと痺れた。

 

 

 

 「やば、本気で停まってるぞこいつ」

 

 

 

コンコン、ゴンと故障したTVを直すように頭を殴ってみる。

痛みで反応を返すはず……なのだが無反応。

 

 

 

 「………………」

 

 

 

まるで凍結した彫像のように動かない一弥。

彼の内心は既にオーバーヒートを起こし何も考えていない。

ただショックなだけである。

 

 

 

――――じゃむおいしい。

 

――――びば、じゃむ。

 

――――じゃむさいこー。

 

 

 

いや失礼、何も考えていないのではなく現実逃避しているらしい。

幻想の中で彼は美味しそうにジャムを塗りたくった食パンを食べていた。

それは名雪のスキルなのだが。

 

 

 

 「起きろ〜〜〜!」

 

 

 

ゆさゆさゆっさゆっさゆっさ! と激しく揺すってみる。

一弥の頭が思い切りシェイクされる。

普段寝ぼすけと言われている自分でも『これなら気が付く』と純一は思っていた。

 

 

 

 「…………じゃむ……うま」

 

 

 

効果なし。実に根が深い……いや『寝』が深いか?

面倒を見る羽目になった純一は、う〜むと頭を捻る。

滅多に壊れない一弥だが一旦壊れると始末に終えない。

これはおそらく姉に似た所為だと思われるが、純一には預かり知らぬことである。

以前同じようなことがあったときは祐一に任せていたので対処方法が不明。

 

 

 

――――――こいつがさっき俺の胸倉掴んだ奴と同一人物? 誰が信じるよオイ。

 

 

 

愚痴りつつ、むむ、と少しだけ悩んで頭の中で電球が付いた。

 

 

 

 「一弥、ジャム美味いか?」

 

 

 「……じゃむはおいしいよぉ?」

 

 

 

条件反射で返事をする一弥……だからそれは名雪の(以下略

 

 

 

 「秋子さんと夏子さんが新作ジャム食べてくれって手振ってるぞ」

 

 

 「…………しん、さく?」

 

 

 「おう、新作だ。オレンジ色のヤツのパワーアップ版らしいぞ?」

 

 

 「お……れ……んじ? いやあああああ!!!!!――――はっ!?」

 

 

 

恐怖のあまり絶叫し(まるで女の子のようだったと純一は語る)

結果として一弥は現実に立ち返る。

 

 

 

 「おし、目覚ましたな。やっぱ効くなぁ、ジャム」

 

 

 

現物ではなく、想像だけで恐怖心を煽るのだからジャムは凄い。

対する一弥は湧き出る冷や汗を拭うのに必死だ。

 

 

 

 「僕を殺す気!?」

 

 

 「停まるのが悪い」

 

 

 

二人とも『ジャムで死ぬわけがない』という無粋なツッコミはしない。

理由は語るまでも無い。泣こう。

 

 

 

 「と、停まるのが悪いって、そもそも変なこと言うのが悪いだろっ!」

 

 

 「変なことなんて言ってねぇよ、決まったこと言っただけだっ!」

 

 

 「決まったこと!? それを兄さんが承認したの!?」

 

 

 「浩平さんと舞人さんがゴリ押しするんだから決まったようなもんだろっ!」

 

 

 「未定ってことじゃないか!」

 

 

 「あの二人がタッグ組んで祐一さんが勝てたことなんて無いっ!」

 

 

 

断言されるリーダー役、祐一。

五人の中で最もカリスマ性に優れ、求心力に長ける上に

最も的確な指示を出す能力が認められ、彼らのリーダーを務めている

『青龍』こと祐一だが(というのは建前で、なし崩し的に決まった事実がある)

こと娯楽に限ってはその決断力や行動力は浩平と舞人に劣る。

 

 

 

 「とにかく、ライブはやることで決定なんだよ。

  だからその練習をするってこないだ舞人さんから」

 

 

 「納得いかない。第一練習するって言ったって、どこでやるっていうの」

 

 

 「冬実に集合って連絡が入った。

  一弥が知らないってことは祐一さんも知らないわけだな」

 

 

 

知らずに済んだらどれだけ良かったか……小さく文句を言う一弥。

だがモノは考えようである、知らずにいきなり本番で同じことを言われ

何の覚悟も無くステージに上がり練習不足の腕を披露するのは嫌だ。

 

 

――――――実は、一弥も祐一が二人に勝てるはずがないと判っている。

 

 

 

 「用意周到だね……多分今頃兄さんも同じ反応してると思うけど。

  冬実に来る予定があったんだったら初めから純一が来れば良かったじゃないか。

  わざわざ僕らが初音島まで来る必要なんて無かったよ」

 

 

 「馬鹿。さやかさんを引き取ってくれってのも本気だったんだよ。

  俺がそっちに言ったら、実力行使になっても1vs3じゃ勝てないだろ。

  組せる可能性のあるお前だけ来て貰ったんだよ」

 

 

 

その言葉にヒクヒクと口元を歪める。

 

 

 

 「へ、へぇ〜……随分と計画的だったんだね、君は」

 

 

 「それくらいしなきゃヤバいんだ、俺は」

 

 

 

蒼司の料理を食べてさやかがショックを受けるのは別に構わない。

女の子のプライドは確かに大事かもしれないが、命の危険は無い。

が、音夢が対抗意識を持ってスキルもないのに腕を振るわれるのだけは困る。

 

 

 

 「でも残念だったね? 勝負は引き分け、話は無かった事になったし」

 

 

 「ぐ……」

 

 

 

自分の不甲斐無さを後悔しつつ、文句が言えない純一。

本当は色々言いたいが、言っても蛇足でしかないので断念。

微妙に勝ち誇る様子に歯噛みする。

 

 

 

 「ち……俺がそっちに行くことは確定だからな!」

 

 

 

唯一の反撃とばかりに純一が吼えた。

 

 

 

 「ぐ……だ、だけど一体どれだけ滞在するつもり?

  それ以前に、音夢さんになんて言って来るのさ」

 

 

 「どれだけって言われてもな〜。浩平さんと舞人さんの満足度次第だろ?

  理由は、俺らのチームに関しては特例ってことで通じるな。

  合同チームだから色々手続きがあるとか何とか言や誤魔化せるんじゃね?」

 

 

 「また投げやりな。それで通じるとは思えないけど。 

  今はさやかさんと蒼司さん居ないんだから、音夢さん一人にする気?」

 

 

 「無用な心配というものだよ一弥君。無理を通せば道理が引っ込む!

  さくらが隣に住んでるし、俺が心配するほどのことはねぇよ」

 

 

 「うわ、兄甲斐の無い発言」

 

 

 

『兄甲斐って何だ兄甲斐って』と、一弥に呆れるが本人は無視。

ブラコンには何を言っても無駄と諦めよう……実際賢明な判断だ。

 

 

 

 「ま、もうどうでもいいです……あの二人が関わった以上、

  どう頑張ったって僕如きじゃ太刀打ちできませんから」

 

 

 

思わず敬語になりつつ、精々恥を掻かないように頑張るだけと開き直る一弥だった。

 

 

 

で。朝倉家、到着。

家から漂うオーラは既にいつもと同じ。

何故オーラが判るのか、という質問は尤もだ。

しかし、相手は邪夢。あまり深く考えない方が身のためである。

 

 

 

 「大丈夫みたいですね」

 

 

 「一晩うなされて自分達がどんだけ馬鹿なことしたかって反省したんじゃね?」

 

 

 「同意はするけど辛辣なこと言うね君は。仮にも妹さんと友達でしょうに」

 

 

 

客観的意見を述べて純一を嗜める一弥。

 

 

 

 「俺達の反応を目の前で見てる癖に手を出す方が馬鹿だろ」

 

 

 「……そうだね」

 

 

 

そう言われるとあながち反論も出来ない。

特に彼の場合はその脅威をよく知っているから余計だ。

 

 

 

 「多分、トラウマになってると思うから、こっちからは触れないぜ?

  あいつらも聞いて欲しくないだろうし、言ってもこないだろ」

 

 

 「そんな気がするね。口に出してまた再来なんてしたら困るし、黙っておくよ」

 

 

 

北の町の脅威は一度で充分である。

 

 

 


 

 

 

 

 「つーわけで、一弥と一緒に行くから」

 

 

 「は? どういう意味ですか、兄さん」

 

 

 「だから〜、今言っただろう? チーム編成云々で色々あるんだと。

  かったりぃけど、行かないと拙いだろ?」

 

 

 

思わず『よく言うよ……』とツッコミを入れたくなるのを

必死に抑え、親友だからと自分に言い聞かせフォロー。

 

 

 

 「すいません、今回の件は色々と立て込んでいるらしいんです。

  他のメンバーも来るそうですが、顔合わせだのお叱りだのあるんだと思います」

 

 

 

本当は極々個人的なことなので言っている一弥も後ろめたい。

心で謝り、顔で殊勝な態度を見せる。

元々が優等生なので、その姿に皆が騙された。

 

 

 

 (…………騙すの上手いな、相変わらず)

 

 

 (“相変わらず”ってのが余計っ! 誰のためだと思ってるのっ!)

 

 

 (俺らの未来のためだ、頑張れ)

 

 

 (“頑張れ”じゃないよっ、まるで他人事みたいに言ってくれて!

  純一だって当事者でしょうっ!? 少しは自分で言い訳くらい、しろっ!)

 

 

 

一弥のアイコンタクトの口調が荒くなる。

純一限定&ツッコミ時限定で開眼した新スキル。

こんなもの、開眼しても嬉しくない。

 

 

訪れる未来が平和に終わる可能性に期待しつつ、

絶対無理だろうなぁという予感を秘めつつ、

彼はひたすら人の良さそうな表情を貼り付けて

純一に文句を言いつつも必死になって皆を言いくるめようとするのだった。

 

 

 


 

 

 

なお、純一の言ったゲリラライブについての裏話。

発案企画側の二人の間で、電話によるこんな会話があったそうな。

以下、電話内容抜粋。

 

 

 

 『マイフレンド浩平、俺が誰か判っていると思うが、用事だ』

 

 

 『何の用だよ舞人。こちとら書類整理であんま寝てないんだぜ?

  お前だって似たようなもんだろ。電話掛けてる暇あんのか?』

 

 

 『それは言わない約束だろう、おとっつぁん』

 

 

 『すまないねぇ、舞人にまで迷惑を掛けて―――ってお約束はどうでもいいんだよっ!

  用件があるならとっとと言えよ』

 

 

 『大会の話だよ、今更言うまでも無いことだけどな。

  俺達が大会で道化を演じなきゃなんねぇのはお前だって判ってるんだろ?』

 

 

 『知ってるよ、イチイチ欝になりそうなことを告げるためだけに電話掛けてきたのか?』

 

 

 『バーカ、そんな無駄なことをこの俺がするとでも思ったのか? これだから浩平は』

 

 

 『あーはいはい。んな無駄口はどうでもいいからよ、早く続き言えよ』

 

 

 『判った判った。これだからせっかちさんは。で、相談なんだが。

  どうせ道化になるならいっそ派手に道化……いや、英雄を演じないか?』

 

 

 『あぁん? 具体的に何するか決めてんのか、お前?』

 

 

 『ふんっ、無論ですよ。俺がぬかるとでもお思いか? 朱雀殿』

 

 

 『い〜や。その点に関しては一切心配してねぇ。精々祐一だけだろ、気にするのは』

 

 

 『だな。で、だ―――問うぞ、浩平。

  “スターたる者、イベントがあればステージに立つのは義務ではないか?”』

 

 

 『――――なかなか良い事を言うじゃないか、舞人。答えてやるぜ。

  “了承”ってな。しかしそうなると何がいい? 

  俺達のスター性を遺憾なく発揮出来る場だろ。そうそう無さそうな気がするぜ?』

 

 

 『問題無い。浩平、お前七星で軽音部だったよな? という訳で計画させて貰った。

  俺達五人でいきなり会場に殴りこんでゲリラライブ! とな……。面白そうだろ?』

 

 

 『流石だぜ舞人っ! 名案だ、乗ってやる! 相当面白くなりそうだなっ』

 

 

 『貴様ならそう言ってくれると思っていた。

  このエンターテイナーを甘く見ると痛い目に遭うのですよ、くっくっく』

 

 

 『さぁて、まずは純一に連絡とって、だな?』

 

 

 『ああ。ひとまず祐一と一弥には黙っておくとしよう。その方が尚愉しい』

 

 

 


 

 

 

その会話が行なわれた後の、冬実市。

 

 

 

 「来たか、スター」

 

 

 「当然至極無論よ、王子」

 

 

 

舞人、冬実市到着。

 

 

 

 「で、残りの連中は?」

 

 

 「一弥の奴が初音島に出掛けててな。純一連れて戻って来る。

  純一の話だと、一弥はしっかり組み伏せたらしい」

 

 

 「ならば、後は最後の一人を残すのみ、か」

 

 

 「ああ。二人と合流次第祐一に連絡入れてから、だな」

 

 

 「そうか…………楽しみだなぁっ!」

 

 

 「全くだぜ…………愉しみで笑いがとまらねぇよっ!」

 

 

 

――――――珂珂珂珂珂珂珂珂珂珂珂々々々々々々々々々!!!!

 

 

 

という趣味の悪い嘲い声を響かせて、諸悪の権化が笑い続ける。

自分達の計画を聞いたリーダーがどんな表情を見せるかが愉しみで仕方ない。

邪悪な笑みが祐一へと迫っている事を当の本人は知らなかった。

 

 

 

 


inserted by FC2 system