『本当に頂いて宜しいのですか?』

 

 

 

白いリボン。

あまりアクセサリーの類をつけない彼女にプレゼントした物だった。

弾ける様な笑顔を浮かべながら

何度も何度もお礼を言う彼女が印象的だった。

 

初恋の少女。

初めて心から『護りたい』と思えた少女。

初めての口付けは、ほのかにミントの香りがした。

 

 

 

 『愛おしい貴方と、永劫なる愛を貫くことを誓う』

 

 

 

 

 

 

――――――二人が共に願い、誓った愛の言葉。

 

 

 

 

 

幸せだった。

愛する少女と二人でいれば、どんなことにも立ち向かえると信じていた。

 

少年にはそれを実践するだけの力があった。

だからこそ少年に畏れるものは何も無かった。

師の下で己を鍛え、少女の下で心を癒す。

少年にとってこれ以上求めるものは何も無かったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――『幸せは長くは続かない』と言ったのは誰だったろう?

 

 

 

 

 

 

一生続くはずだった幸せは終わりを迎えた。

 

 

 

 

彼女はその命を落とした。

病気で死んだのならどれだけマシだったろう。

事故で死んだのならどれだけ恨みやすかったろう。

 

彼女にはもう二度と逢えない。

この身が生命を持つ限り、永劫に逢うことを許されない。

 

後から後から溢れてくるのに、どこにもぶつけられない激情。

 

愛する少女は命を落とした。

 

 

 

――――――他ならぬ、双子の妹の手によって、殺された。

 

 

 

余りにも稚拙過ぎる理由。

実の姉を手にかけた少女は言った。

少女は皮肉にも『彼女』と瓜二つ。

但し、彼女とは似ても似つかない。

それは少年にしか理解できない決定的な違い。

 

 

 

 『純一さん、あなたは私だけのものです』

 

 

 

たったそれだけの理由。

独占欲が生み出したあまりに大きな悲劇。

 

独善を望んだ彼女への抑えきれない憤怒。

心を蝕むのは慟哭。

 

愛する少女を奪われた少年が、殺した本人を愛するはずがない。

たとえ同じ顔だとしても。

 

 

 

 

 

――――――彼女は、『彼女』ではないのだから!

 

 

 

 

 

故に少年は修羅となる。

愛しき少女を奪い去った、憎むべき少女を己が手で殺すために。

 

そんな――――――哀しすぎる決意を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

15/桜咲く丘

 

 

 

 

純一は丘に来ていた。

初音島で一番の景色が楽しめる丘。

桜の下から覗く雄大な海原。

 

蒼く輝く、荘厳なる一枚の絵。

 

愛する少女が好きだった場所。

一度だけこの島に連れて来たときに訪れた場所。

彼女と二人きりで独占したこの景色。

二人で寄り添って眺めた昼と夜の一瞬の隙間。

オレンジ色に染まる彼女の横顔にキスをしたあの日。

 

美しくて切ない思い出。

二度と再現出来ない記憶の1ページ。

 

いつまでも続くと信じていた、たった一度きりの景色。

 

純一は首に巻いたリボンに手を触れた。

彼女にプレゼントした白のリボン。

少女のお気に入りのリボンは彼の手元へ戻ってきた。

悲しくも、彼女の形見となって。

 

 

 

 「美咲、見てるか?」

 

 

 

ここにはいない彼女に向かって彼は声をかけた。

答えが返ってくるわけがない、と解っていて。

 

 

 

 「俺、頑張ってるぞ」

 

 

 

涙が一雫零れる。

溢れてくる悲しみと激情を抑え込もうと必死になって口を閉じる。

だけど、内心にわだかまる苦しみだけは隠し切れなくて。

 

 

 

 「頑張ってるから……見守っていてくれよ?」

 

 

 

やっとの思いで吐き出された彼女への願い。

乗り越えた訳ではない……自分を誤魔化しているに過ぎない現実。

 

誤魔化したところで、心は正直だ。

幾度となく同じ想いをしてきた。

だから『耐えられる』?

 

 

 

冗談じゃない! だからこそ…………『耐えられない』。

 

 

 

 

 

 

 

その声は天国の彼女に届いただろうか? 

答えは神様だけが知っているのかもしれない。

 

【永遠】に穢されたこの世界に神がいるのであれば――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サァ………ッ

 

 

 

 

 

 

 

桜が舞った。

純一にはそれが彼女の返事のように思えた。

 

そう思いたかった。

彼女がまだ自分を見守ってくれていると信じたかった。

何の確証もない、ただの独りよがりな願い。

けれどその願いは、例え幻想であっても…………純一にとっては真実だから。

 

 

 

 「また……来るよ」

 

 

 

彼は目元の涙を拭い、丘を去った。

今だけはそれを信じていたかったから。

きっと、彼女は自分に笑いかけてくれている。

だから自分も笑う。

どれだけ悲しくても、どれだけ辛くても、泣いていてはきっと彼女も泣いてしまうから。

 

 

島中を覆う魔法の桜、淡く散り逝くピンクのキャンバスに心が癒される。

 

 

けれどそれは錯覚。

行く宛てもない少年の悲しみが偽造した感情。

だからこそ意味があり、故に意味がない。

 

 

 

サァ………ッ

 

 

 

もう一度、桜が舞う。

彼の背中を見守る桜が鳴いた気がした――――。

 

 

 

 

 

 

きっとそれは、本当の想い。

きっとそれだけが、彼を癒す魔法。

魔法の桜に“チカラ”はなく、魔法の桜に託す想い。

 

 

 

 

 

 

 

桜があっけなく散るのと同じように、二人の少年と少女が紡いだ

淡く切ない恋の物語は唐突に終わりを告げる。

凍てついた彼の心は氷のように透き通り、脆く崩れ去るほどに危うく。

 

散った桜を哀しむ彼を、癒すモノは何もなく、皮肉にも憎しみだけが心に残留した。

 

復讐の念だけが彼を動かし、それが癒されることは永遠にないのかもしれない。

例え復讐を果たしたとしても、彼が愛した少女が帰ってくるわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神よ、奇跡があるのなら願いを聞き届け給え! 

俺の魂が必要なら持っていけ! 悪魔との契約だって構わない! 

この身も心も魂も捧げる! 地獄に堕ちても構わない! 

己を犠牲に願いが叶うのなら、俺に一度だけ奇跡を与えてくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――その誓いが、星に届いたことはない。

 

 

 

 

 

何度、願っただろう? 

幾度、言の葉に想いを込めたであろう? 

諦めきれず、みっともなく泣き喚いて、天に慟哭した。

 

それが叶わぬ願いだからこそ、少年は渇望し、絶望し、希望に縋る。

この美しくも醜い世界で、少年は泥水を啜り、石に噛り付いてでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――少年に残されたのはたった一つの憎悪。

 

 

 

 

 

 

 

憎悪は、狂気へと昇華する。

 

狂気は、殺戮へと堕落する。

 

殺戮は、慟哭へと霧散する。

 

 

 

 

 

 

 

慟哭の果て、『自分』という名の世界の果て。

世界は無限ではなく、有限の実像。

限界の果てには何かが残る。

 

 

 

『世界』とは自分自身。

 

 

 

故に、最後に残るのは。

 

 

 

 

―――――目的も、望みも、感情さえも失った――――抜け殻の人形。

 

 

 


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