Eternal Snow

124/武術大会 〜本戦 初日その1〜

 

 

 

 「ねぇヤマ、さくっちと一緒にバカやってたあの人達のこと、知ってる?」

 

 

 

観客と化していた生徒達は、唖然だったり笑っていたり呆れていたり。

つばさは“呆れる”側の一人であり、尚且つ様々な表情を浮かべる会場の生徒達を

やや冷めた目で見ながら、隣に座る山彦に質問した。

 

 

 

 「いや、ちっとも。ただ……昨日舞人と

  一緒にいた奴らだとは思う。そうだよね、星崎さん」

 

 

 「へ? あ、うん。昨日舞人君とお話してた人に間違い無いよ。

  昨日はゴタゴタで質問し忘れたけど」

 

 

 

昨日は“虹色邪夢小麦焼”の騒動の所為で、肝心なことは有耶無耶になったのである。

その騒動の影響で生徒の何割かが試合参加を様子見せざるを得なくなるらしく、

希望達のチームは一回戦の不戦勝が確定していると今朝になって聞いた程だ。

 

まぁそれはそれとして、希望と小町は彼らが何者かの見当がついていた。

あの舞子がG.Aであったという事実が、確信の切っ掛け。

おそらく彼らは残りの四人の神器なのだろう、と。

瑞佳や留美達ではその結論に達しない、達するかもしれないが確証がない。

浩平という神器のことしか知らない……つまり身近に他の関係者がいないということ。

端的に言えば、他の神器が浩平のように偽装しているとは思えないのである。

万が一に由起子がそうであったのならば話は変わったのかもしれないが。

 

 

 

 (舞人君はやっぱり迷惑かけてるんだね)

 

 

 (類は友を呼ぶ、って感じでしたけどね……)

 

 

 

二人だけに許されたアイコンタクトで会話する希望と小町。

舞人のかつての恋人であり、舞人の幼馴染であり現恋人の二人。

この世でこの二人ほど彼を理解している人間はいない。

在り得ざる“記憶”がその証明となって、今の彼女達がある。

だからこそ、二人にとっては舞人がどうであろうと関係無い。

傍に居る。傍に居てくれる。傍で、笑ってくれているから。

 

 

 

 (きっと、いい人達なんだよね?)

 

 

 

彼は、笑っていたから。

 

 

 

 (はい。せんぱい……楽しそうでしたから)

 

 

 

だから。きっと、大丈夫だ。そう……思えた。

 

 

 

 「しっかし、舞人と一緒にバカやれるなんて凄ぇなぁ。

  俺でもあそこまでは出来ないって。つーか名乗るのが神器ってのがまた。

  文字通り神をも怖れぬって奴かな? 凄ぇ凄ぇ」

 

 

 

いや、普通の親友ならそこまでしない。

山彦はあくまでも“普通”なのであって、祐一や浩平のように“特殊”ではない。

この点で山彦は自身が安全な位置にいることを自覚するべきなのだ。

果たして舞人がそれをしっかり区別しているかは謎であるが。

 

 

 


 

 

 

 「お兄ぃ……倉田くんまで巻き込むっ!? 普通しないでしょっ!?

  ていうかあの馬鹿兄っ! よりにもよって一番有り得ないこと言うなんてぇっ!

  死ね! いっぺん死ね! それこそ朱雀の爪の垢を煎じて呑んで矯正しろぉっ!

  ううぅ……何であんなに馬鹿なのよぉ……」

 

 

 

みさおは泣いた。そしてキレた。騒いで何が悪い。今の彼女はただの暴君。

単純なる怒りに限って言えば、それこそ本物の【暴君】すら越えるかもしれない。

流石は【朱雀】の妹。才能だけはあるのだろう……と嘯いてみるのも悪くは無い。

しかし彼女も知らぬとはいえ中々上手い事を言う。

 

 

 

 「えぅ〜! 一弥さんの人気が益々上がっちゃうじゃないですか〜〜〜!!」

 

 

 

みさおとは違った意味で頭を悩ませるのが彼女、栞。

直接的に影響する、という点に限ってはみさおよりも拙いのである。

浩平が“ああ”なのはもはや周知の事実であるし、

冗談だと解っている以上腹を立てているのはみさおだけだ。

極端なことを言えばそんなことはどうでもいい。

しかし、一弥がやったことは覆らないのである。

 

 

 

 「何で内緒にしてるのよぉっ!」

 

 

 

結局のところ、それだ。

まだ話してくれていれば何かしらと動けたかもしれない。

ガードを更に強くするなり、妨害策を講じるなり。

知っていれば何か出来たかもしれないのに……その機会すらなかった。

 

 

 

 「くすくすくす……あの人は自分の立場を全然解ってないんでしょうか。

  私達の苦労を全然理解してくれてないんですね?

  やっと、ようやく、進展したっていうのに……そんな酷なことはないでしょう。

  全くもう。こうなったら少し手荒な対応をしなきゃいけないじゃないですか。

  ええ、決めました。決断しました――――オシオキ、決定です」

 

 

 

倉田一弥を狙う者は決して少なくない。

幼馴染という優位性を持ち、尚且つ彼にとっての特別であるという自負はある。

だが、何がどうなって転覆するかは全く解らないのだ。

その懸念がある以上、無駄に目立つような真似をして貰っては困るのに。

彼女は口にこそ出さなかったが、雰囲気によって伝わった。

 

即ち――――“舐めたことを”。

 

 

 

 「えぅ」

 

 

 

栞が言った。

 

 

 

 「あぅ」

 

 

 

真琴も言った。

 

 

 

 「美汐さんが」

 

 

 「美汐が」

 

 

 

声を揃えて、怯えた。

 

 

 

 「「怖い……」」

 

 

 

とどのつまり、冒頭に述べた様に。彼らが行ったライブによって、

笑い出す者もいれば怒り出す者、或いは呆れる者がいたことだけは事実である。

 

 

 


 

 

 

会場が片付いている以上、第一試合はまもなく始まる。

選手控え室を少々覗いてみよう。

 

 

 

 『………………』

 

 

 

無言の沈黙と沈痛な表情。

 

 

 

 「解ってると思うが、負けるぞ」

 

 

 「無論です」

 

 

 

祐一の発言に応じたのは一弥のみ。

他の三人は一応理解はしているらしいが、どこか不満げである。

 

 

 

 「今更文句でもあるのか?」

 

 

 「あるかないかと言われれば間違いなくありますよ、そりゃ。

  何が哀しくて自分から負けなきゃならないのかって程度には」

 

 

 「第一よぉ、そんな面倒なことしなくたって最初から降参すりゃよくねぇか?」

 

 

 「ああ、わざわざ試合をやる方が手間だろ。何でそうしないんだ?」

 

 

 

祐一はそれぞれの意見を聞いた後で、一つ頷く。

彼らがそう思うのは無理ない。以前からそう言っておいても、不満が出て当然だ。

 

 

 

 「解ってるだろうけど、俺達は正真正銘雑魚チームってことになってる。

  さっきの浩平の紹介じゃないが、本当なら贅沢三昧のチームだってのに、な。

  ま、そっちはともかく。雑魚チームである俺達の役目って何だ? はい一弥」

 

 

 「……確実に負けること、でしょうね」

 

 

 

視線を向けられた彼が、肩を竦めて答える。

辟易しているのは一弥とて同じ。多少なりともプライドがあるから余計である。

 

 

 

 「そういうこと。俺達は試合やって負けることを

  期待されてるのに、降参なんてしたら非難業々だろう? 

  しかも昨日の秋生さんのアレが原因で出場が危ぶまれてるチームだってある。

  棄権するチームが実際いくつ出てくるかは知らないが、

  既に今日のこの時点で“棄権”が確定してるチームがある以上、

  第一試合からいきなり棄権なんてしたら盛り上がりに欠ける……ってことだ。

  折角俺達のライブで盛り上げたのに、それに水を差すような真似できないだろ?」

 

 

 「場を作ったから、後始末もしっかりと……ってか?

  そりゃ、ま。意味解るし、文句言う筋合いもないけどな」

 

 

 

そう言った浩平に、何が言いたい? と祐一が視線を送る。

 

 

 

 「ん? ああ、いや。要するにさ。純一のセリフじゃねぇけど……たりぃよなって話」

 

 

 

結局の所、不満はそこに集約する。彼らにはあらゆる事情があるにせよ、

戦いを為すことを己の運命(さだめ)と理解している節がある。

戦いである以上、持てる実力を発揮したいと思うのは無理なきこと。

単独それぞれならば別であるが、元々チームであった5人が揃っているのだ。

敗北の味を知らぬ訳ではないが、何故自分達が負けることを前提として

試合に臨まなければならないのか、という不満だけは拭えない。

少なからず浩平の意見は正鵠を射ている、それは全員に共通する感情。

 

 

 

 「……なら。刃向かうか? 俺の決定に」

 

 

 

祐一が、言った。居丈高に告げるように。

“俺”――即ち“青龍”としての結論を……覆すのか? と。

刃向かう、という字の如く。刃を突きつけるように。剣士の名を示すように。

その言葉に……祐一を除く四人は震え、奮えた。

 

相沢祐一が持つ二面性。

幼馴染相手におろおろし、親友相手に苦労を抱え込むような、ただの少年。

だが彼は、そうであると同時に一流のプレイヤー。

自らも神器という最高位を持ち、他の神器を統括する立場にある。

本人の意図と自覚が何処まであるかは別としても、だ。

 

 

 

 「逆らうなら、ご自由に。棄権するならそれ相応の理由が要るよな?

  なら。ここで軽く運動して……戦闘不能ってのもあり、か?」

 

 

 

――――戸惑い揺れ動きながらも、彼がその裏に秘める本質は……【刃】。

 

 

鋭い瞳を仲間達に向け、微笑む祐一。

その笑みが本質からの笑みでないことは一目瞭然。

だからこそ怖い。だからこそ惹かれる。

だからこそ、自分達は集った。その蒼き刃に。

 

どうする? と問い掛ける祐一の瞳は、彼が繰り出す斬撃にも等しく。

 

 

 


 

 

 

……等と云う背景を経たからか、肝心の試合はあっさりと終わった。

試合内容について詳しく解説はしないが、

(正確に云うなら解説するのもどうかと思われるので)例えるなら……。

 

 

 

 『ぐわー(棒読)』

 

 

 『やーらーれーたー(棒読)』

 

 

 

……という感じの結果だったのである。

祐一の命令に素直に従ったとも言えるし、もはや面倒になったから、とも言える。

ともあれ、事実として彼らは手抜きをし、敗北した。

あまりの負けっぷりに観客から言葉が洩れない程に。

なまじライブなぞで印象を強めた分、落胆やその他の感情が去来したのだろうと思われる。

結局、ランクに見合った戦い……というものを大幅に下回っていた。

 

無論当然至極という訳でもないが、七星学園の生徒会長の発言は――――。

 

 

 

 「ああ。やはり馬鹿だったか」

 

 

 

というものだったことを記しておこう。

その試合に限っては、彼の言葉は全面的に正しかったのである。

 

 

 


 

 

 

 「覚悟を決めていた、とはいえ。兄さんの命令だった、とはいえ。

  ……いくらなんでも手抜きし過ぎだったんじゃありませんか?」

 

 

 「否定はしない。まさかここまで全員が素直に言うこと聞くなんて思ってなかった。

  いつものパターン的に浩平か舞人辺りが逆らうと思って、その覚悟だけしてた」

 

 

 

思った以上の結果にむしろ困惑する祐一は、更に溜息を漏らし、

 

 

 

 「……ライブも含めて、あいつらに何て言われるか」

 

 

 「あー、川澄先輩達か。大変だな、祐一」

 

 

 

気のない励ましに返事するのさえ億劫だと行為で示す。

 

 

 

 「お前だって長森さんとかになんか言われるだろ?」

 

 

 「どーだかな? 言われても無視するし。てか俺の場合は、みさおがヤバい。

  あいつのことだ……俺の神器っつーセリフに絶対キレる」

 

 

 

その図を想像したのか、彼は僅かに身震いした。

朱雀を怖れさせる妹……真実を知る者は一人残らずみさおに感心することだろう。

 

 

 

 「それは自業自得でしょう。無駄なとばっちり受けるのは僕らなんですよ?」

 

 

 「かったりぃことに事実、と。俺の方も……多分音夢が五月蝿いだろうなぁ。

  つっても、こっちは適当にあしらう予定だけど。どうせ誰も信じないし」

 

 

 「それはそうだけどね……」

 

 

 

便乗するかのように純一までもが軽く言う。

一弥は辟易し、やはり祐一と同じく溜息を吐いた。

純一の尻拭いは自分か……と変に納得しているのが何より困る。

 

 

 

 「男子たるものどっしり構えないでどうする。

  俺を見てみろ、誰になんと言われようと鼻息で飛ばすからな」

 

 

 

そう言いながらまさしく鼻をふんと鳴らすのは、舞人。

その無意味な自信に根拠はないのだが。

 

 

 

 「……ほー。是非とも見てみたいもんだ。

  兄貴が負けて涙目の妹さんに同じコト言えるか、な」

 

 

 

浩平は、考えるまでもねぇだろ? と嘯く。

当然、あまりに予想がつき過ぎて異論が出る筈もなく。

 

 

 

 「「シスコンですからね、舞人さんは」」

 

 

 

揶揄する純一と一弥だが、この場の誰もが二人にだけは言われたくないと思った。

あえて説明する必要もないだろう。

 

 

 

 「……とにかく、これで俺達のやる事も全部終わったんだ。

  のんびり観戦しててもいいが警戒だけは怠るなよ?

  この大会で何も起こらない保証なんてないんだから」

 

 

 

保証があったのなら、どれだけ嬉しいだろうか。

無意味な期待でしかなくても、もしも……と思うのは罪だろうか?

 

 

 

 「わ〜ってるさ。いざとなったら正体バレる覚悟はしてる。

  俺の場合、麗しのマイハニーズには教えてるからどうでもいいが。

  ……ったく、ご丁寧にうちの母さんまでG.Aだってバラしてくれやがったからな。

  余計手間は省ける。その意味では気楽ってもんだぜ、ふん」

 

 

 「よくもまぁそう恥ずかしげもなく言えるよ。それだけは長所かもな?

  ……ま、俺も長森達が知ってるからそれこそどうでもいいさ」

 

 

 

そこで一旦言葉を切り、浩平は他の三人に真剣な眼差しを送る。

他の全てが冗談であったとしても、今から告げる言葉に嘘偽りはない。

 

 

 

 「何かあったら……俺と舞人に任せろよ? 俺達の仕事は“やらぬが華”だ。

  お前らまで同じことする必要なんてない。ここは一つ泥舟にでも乗った気分で」

 

 

 「まてい浩の字! それでは転覆するではないかねっ!?」

 

 

 「心配無用だ大蛇殿。貴殿の改変があれば泥舟とて大船に変わるってものよ」

 

 

 

軽薄そうな口調と裏腹に、その内容は重い。

仲間を信頼するが故、親友を大切に思うが故の言葉。

絆は固く、何があっても切れることはありえない。そう感じさせる言葉だった。

その在り方に感謝し、苦笑を交えて祐一は言った。

 

 

 

 「馬〜鹿。そんときは一蓮托生だろ?

  大体な、俺はお前らのリーダーだろ? 一人のほほんとしてるかよ。

  放っておいて無駄な辟易する位なら、ちょっかい出して諦念するっての」

 

 

 「そういうことです。後始末は僕達がやってるんですからね」

 

 

 「トラメイズは五人揃ってるからトラブルを引き摺りこんでる。

  良いにせよ、悪いにせよ。五人だったからこそ、っすよ。

  今更二人だけやったって上手くいくとは思えない」

 

 

 

――――でしょ? と視線だけで付け加える純一。

話題は決して明るくはない。けれど彼らは笑みを見せた。

 

 

 

 「お前らってホント馬鹿だよな」

 

 

 

隠し切れない感情を漏らし、浩平が揶揄すれば、

 

 

 

 「一緒にするな、馬鹿」

 

 

 

始末に負えない、と肩を竦めつつ苦笑する祐一がいて、

 

 

 

 「やかましぃんだよ、馬鹿馬鹿馬鹿〜」

 

 

 「馬鹿はどっちだ? 馬鹿野郎」

 

 

 「お前に決まってるだろ? 馬鹿」

 

 

 「あー、もう! キリがないですから止めてください二人ともっ」

 

 

 

それを止める一弥もまた、笑っていた。

 

 

――――が。

 

 

一言。浩平は言ったのである。

単なる一言だった。悪気はなかった。

悪意も本音も建前も、何も其処には介在していなかった。

あったとすれば――――単なる冗談か、もしくは親愛か。

 

 

 

 「うっさいブラコン」

 

 

 

ただ、そう言ったのである。

その瞬間、空気は間違いなく硬直した。

一弥にとって最大限の褒め言葉であり、最大級の侮辱となる言葉。

 

 

そう――――“ブラコン”と。

 

 

 

 「……ブラコンで悪いですか?」

 

 

 

浩平は、自分の何気ない発言に後悔した。

妙に一弥の沸点が低いようにも思えるが、今は試合の後だった。

普段ならともかく、少なからずストレスを感じた後では……低くてもおかしくない。

この程度のこと、充分予想可能であったというのに。

 

端的に意味を捉えようと、婉曲的に意味を捉えようとした所で意味は無い。

如何に頭を捻ろうが、事実は一つ。

一弥の持つ『怒り』に火を点けた……ただそれだけのこと。

いや、彼であるならば雷が落ちた、とでも表すべきかもしれないが。

 

 

 

 「ええ。僕はブラコンですよ? それが何か?

  何かそれで御迷惑お掛けしましたっけ? 何かそれで酷い目に遭いましたっけ?」

 

 

 

完全にスイッチが入っている。

どことなく無機質に浩平を見やり、むしろ睨み、淡々と告げる。

向けられた浩平としては、「迷惑になったことが無い訳ないだろう!」

と抗議したいところであるが、今の一弥には通じないことは解り切っている。

それどころか下手に更なる延焼が起きれば、純粋にこちらの身が危ない。

 

 

 

 「い、いや待て、うんちょっと待て」

 

 

 「はい。解りました。待ちます。待ちましょう。石の上にも三年です」

 

 

 

くすり、と嗤う。笑うのではなく、嘲う。

まるで姉のようだと祐一は錯覚した。ついでに『何故ことわざ?』とも。

 

倉田一弥には誰もが知っているほど有名な姉がいる。

才色兼備にして家庭的、自慢の姉だが、一弥にとっては姉よりも兄。

そう、血の繋がった姉よりも幼馴染の兄である。

そんな彼は今更だが自他共に認めるブラコン。

けれどそれを揶揄するのだけは許せない、自分が非難されるのは甘んじて受ける。

しかし兄を侮辱された気がした、と感じれば話は別だ。

……先程の発言がそうであったかどうかというのはもはや一弥本人にしか判らない。

 

 

 

 「ゆ、祐一! へ、ヘル……ヘルプミー!」

 

 

 

浩平には判る。(いや他の皆にも判るのだが)一弥は本気だ。そういう目だ。

マズイマズイニゲロニゲロニゲロドアヲアケ――もとい、助けろ兄貴分!

 

しかし一弥はその笑みを崩さない。断罪の雷を下すかのように、

 

 

 

 「あれ〜? 兄さんのこと馬鹿って言いましたよねぇ?

  浩平さんが認める程馬鹿な兄さんに向かって

  助けを求めた所でどうにかなる訳ないじゃないですか〜?」

 

 

 「あのねそのね単なる言葉のアヤでね? うん、冗談でね?

  一弥のブラコンって言うのも、友情の証っていうか、うんっ!」

 

 

 

必死になって何が悪い。相手はまごうなき神器の一角。

その実力はもはや語りを必要とせぬ程自分がよく知っている。

 

 

 

 「待とう一弥! 俺は何も気にしてないぞっ!?」

 

 

 

フォローに入る祐一も必死だ。そんなどうでもいいことで白熱するなと言いたい。

つまるところ、こういう側面をも持ち合わせているからこそ、

一弥もまたトラブルメイカーズの一員なのであるが。

 

 

 

 「いえ兄さん。兄さんが良くても僕が駄目です。ええ駄目ですとも認めません。

  姉さんは言いました――――“お前は犬の餌だ”、と」

 

 

 「いや違っ! それ違っ! 佐祐理さんは絶対そんなこと言わないっ!」

 

 

 

浩平も祐一に激しく同意した。あの倉田佐祐理がそんなこと言う訳無い。

そうであって欲しいという願望以前の問題として……有り得ないだろう、と。

 

 

 

 「あれ? そうでしたっけ? まぁ大した意味なんてないですよ。はい」

 

 

 

悪びれた様子も無く、きょとんとしながらも頷く。

あくまでにこにこ。あくまで笑顔。

 

 

 

 「――――はいじゃあ待ちましたもういいですね了解ですね了承ですね?」

 

 

 

有無を言えない。言わせる気もないだろう。

浩平は何とか舞人と純一に救援の合図を送るが、二人は首を横に振った。

巻き添えになりたくないのである。

 

 

 

 「う、裏切」

 

 

 

最後の音を発するよりも前に、一弥が追撃する。

 

 

 

 「何馬鹿言ってるんですか? 発言したのは浩平さんです。

  二人には何の咎もありませんよ――――という訳、で」

 

 

 

その笑みは、やはりどことなく佐祐理の(怖い時の)笑みに近かった。

祐一は思う。一弥は佐祐理の弟なのだ、と。

 

 

 

 「――――部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOKですか?」

 

 

 

逃げ場すら与えない死刑宣告。

 

 

 

 「あぁ大丈夫ですよ、命乞いをしなくても手加減はします。わぁこれで安心ですね?」

 

 

 

その笑顔だけは、妙に優しかったと浩平は後に語る。

 

結局、もう全てが遅いのだ。

浩平があの発言をした時点で、全ては決まったのだ。

巻き添えになることは確定した。ならば少しでもその被害を抑えることに専念すべきだ。

そう結論した祐一は、似合わぬ十字架を切り、結界を張る。

倣うように純一と舞人も同じ対応を取る。何もしないよりはマシだから。

 

 

 

 「ま、待てやめ」

 

 

 「問答無用です――――【ブリッツボム】」

 

 

 

後は何も語るまい。

 

 

 


 

 

 

尚、この後復活した浩平も合わせて四人掛かりで

一弥の機嫌を直そうと四苦八苦している間に騒ぎを知った一部のG.Aが彼らを拘束、

後始末と説教を行なったのは全くの余談。

 

 

 

 「ううっ……何が悲しくて給料30%カットされなきゃならないんだよぉ」

 

 

 「僕の所為じゃないです」

 

 

 

明らかな当事者の弁。

 

 

 

 「「「「お前の所為だよっ!」」」」

 

 

 

不当に給料カットを言い渡された被害者達の弁。

 

 

 

 「……いや、まぁ。アレだな。直接影響するのは昼食代とかだろうし。

  昼はしばらく佐祐理さんにお願いするか」

 

 

 

当事者というか傍観者であった一人は、痛手を被ったようだが諦めに入った。

弟が自分のことを気にして怒ったというのに、

兄がそれを諌めるのはなんとなく好かない……という判断もある。

充分祐一も、ブラコンである。

 

 

 

 「あ〜。なぁる。しばらくことりに頼むか」

 

 

 

起きたことは起きたことと割り切って、次善の策を打つが肝要。

食費はその最たるものであるからして、頼れるなら頼ろう。

自分で? それは無理だ色々な理由で。

 

 

 

 「しゃあねぇな……長森達に頼むか。母さんだと不安だし。

  無駄に何かさせられそうだもんなぁ……たりぃことに」

 

 

 「姉さんには頼めませんし。真琴達にお願いしてみますか。

  自作するのはやぶさかではないですが……。

  家のキッチンは基本的に姉さんの独壇場ですし、下手に手を出すと後が怖い」

 

 

 「そういうことであれば、俺の取る手段は一つ。

  これまで通り希望と小町に任せる……うむこれしかない」

 

 

 

それぞれ誠に勝手な言い分ではあるのだが、

彼らの事情を鑑みれば前向きな反応であると思えなくも無い。

 

 

 


 

 

 

 「「「はっくしゅん!」」」

 

 

 

尚、この時。特定の人物達が何故か同時にくしゃみをしていた事実がある。

噂がそうさせたのであろうと推測はつくが、真偽の程は定かではない。

 

但し、言えることが一つだけある。

偶然なのか必然なのかはともかくとして、

くしゃみをしなかった者は全く期待されていないということ。

それが果たして幸せかどうかは定かではない…………ので、あるが。





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