Eternal Snow

番外編/不器用な愛情表現(Web拍手用)

 

 

 

当番外編は、同WEB拍手番外編 〜舞人のある朝〜 の後日談と想定しています。

多少の違和感はあるかと思われますが、ご容赦の程お願いします。

 

 


 

 

 

舞人が二人の恋人を得た。心から護りたい相手を見つけ出した。

今までの苦痛を代価として、得るべき幸せを手中に収めた。

神器の名を己に課し、全ての困難から二人を護り続けるだろう。

彼は――――桜井舞人は、幸せだった。そんな彼の一幕を送る。

 

 

朝は希望と小町に起こされ、彼女達の手料理を食して登校。

登校する時は三人一緒。今までも勿論そうしていたが、放つ雰囲気は一変した。

雰囲気云々の前に、その登校風景を見れば一発だ。

以前は大抵舞人が一歩以上前を歩き、希望と小町が二人揃って付き従う

……といった具合であったが、今では三人が肩を並べるor腕を組む、だ。

舞人が……あの舞人が! それを断らないのだ。

 

 

 

 「いやはや……少し恥ずかしいですね」

 

 

 「え? そうかな〜?」

 

 

 

舞人の左側の腕をとった小町と、右腕をとった希望の言葉。

どちらがより常識的な発言をしているかは一目瞭然だろう。

これを恥ずかしくないと断言するには少々目立つ。

 

 

 

 「ふん。有象無象のヤッカミの視線なぞ何処吹く風よ。

  柳の如く受け流さずしてどうする。まだまだ甘いなゆきんこ。

  それともあれか? 小町は俺と腕すら組みたくない、そう仰るか……ああ可哀想な俺」

 

 

 「大丈夫だよ舞人君。小町ちゃんがいなくても私がいるもん」

 

 

 「の、希望先輩! それにせんぱいもっ!

  雪村は……一言も嫌だなんて言ってないですよぉ」

 

 

 

困った様子で瞳を潤め、舞人に向かって上目遣い。

まぁ、その、なんだ……可愛かった。

 

 

 

――――――くっはぁぁぁぁっっっ!?!?(舞人心の叫び)

 

 

 

舞人は己の感情に正直だった。彼も男だ無理もない。

 

 

 

 「舞人君、顔赤いよ?」

 

 

 「ふむふむ、せんぱいはコレに弱いと」

 

 

 「へ〜。だったら、私もしてみようかな」

 

 

 「なぬ? 何をアホなことをほざくか」

 

 

 

くだらんことで盛り上がるなと鼻を鳴らすと同時に、希望の追い討ち。

 

 

 

 「ねぇ……舞人君。私のこと……捨てちゃイヤだよ?」

 

 

 

――――――ぐはっ!? がはぁっ!?(舞人心の叫びせかんど)

 

 

 

舞人、精神世界で吐血。そして絶叫。

 

 

 

 『これに陥落しない者がいるか? いやいないっ! いる訳がないっ!

  僅かも心が揺れ動かなかった男には精神的インポテンツの称号をくれてやるわっ!』

 

 

 

自ら反語表現。『かつて』の自分自身に対して同じ事を言わせてみたい。

その時の反応が非常に愉しみであったりなかったり。

 

 

 

 「うわぁ……すっごいですね〜。心臓の音バクバク鳴ってますよ」

 

 

 「脈拍もあがってるしね〜」

 

 

 「ってマイラバーズっ! 何普通に人の健康診断してますかっ!?」

 

 

 

ぱぱっと離れた舞人だが、感覚だけは残る。

心臓に耳を当てる小町と、わざわざ首筋に指を当てる希望の体温が。

嫌でも(本音:嬉しい)鼻に届くシャンプーの香りが……理性にヤヴァイ。

天下の公道で不埒に走る訳にはいかない常識守ろう。

むしろそういうことは家に帰ってからゆっくりたっぷりナイトフィーバー。

まぁともかく、ラバー『ズ』。自覚があるのは良いことだ。

 

 

 

 「恋人たるもの、せんぱいの健康管理は当然のことです。

  ただでさえせんぱいは普通の人より大変なお立場なんですから。

  勿論、専門の方には雪村や希望先輩では到底及びませんけど……」

 

 

 「でも。舞人君のことを誰よりも大切に思ってるのは私達だから。

  もし……もしも! だよ? 絶対そうならないって判ってるけど!

  舞人君がいなくなったら、私達生きていけないから……忘れないで。ね?」

 

 

 

大げさというなかれ。彼女達は本気でそう思っているのだ。

思い出す前からそうだったけれど……もう舞人以外は視えないし、視たくもない。

他の誰かなんていらない。彼が居てくれるなら、それ以外は必要ない。

彼以外の誰かに抱かれたくない、彼以外の誰かの温もりなんて欲しくもない。

あの日に満たされた感情を埋めてくれるのは、彼しかいない。

 

 

 

 「……む。そう言われると返す言葉もないが。

  てかそんなシリアスになんなくてもいいっての。

  『前の俺』ならまだしも、『今の俺』がお前らを置いていなくなる訳ないだろ?」

 

 

 

己に誓った。己が失い、もう一度手に入れた喜びを捨てはしない。

己に誓った。己が失った幸せを、失ったはずの未来を、今度こそ貫き通す。

 

 

 

 「うん、そうだよね……もう、忘れたりなんてしないんだもんね」

 

 

 「そういうことだ。心配すんな」

 

 

 「せんぱい、僭越ながら思ったことが一つ」

 

 

 

小さく挙手して発言の機会をうかがい、舞人が好きにしろと視線を送る。

 

 

 

 「では。『前の俺』と仰いましたよね? 

  ということはつまり、もし雪村達の記憶が戻らなかったら

  私達のことを普通にスルーして人生を送る気だった、ということですか?」

 

 

 「――――――なにをいってるんだこのゆきんこはほんとうにばかだなぁ」

 

 

 

舞人の状態を一言で表すなら……『滝汗』か。

地味に否定出来る要素がないので冷や汗が出るわ出るわ。

 

 

 

 「ほほほ。雪村は馬鹿ですから。で、どうなんですかせんぱい?

 

 

 「私も気になるな。どうなの、舞人君?

 

 

 

にこにこと問いつつも目は笑ってない。放つオーラは多分黒い。

 

 

 

 「オオットモウコンナジカンジャナイカコノママジャチコクシテシマウゾ。

  ヒンコウホウセイヲツラヌクオレハサキニイカセテモラウゼデハサラバッ!」

 

 

 

時計を眺めず棒読み片言で喋りつつ、現在発揮出来る身体能力をフルに活用しダッシュ。

希望や小町では追いつくのも簡単ではない。

 

 

 

 「舞人くーーーーんっっ!」

 

 

 「せんぱいっ! あとで酷いですからねーーーーーっっ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 「ったくあのアマども……っ! なんでああも痛い所をつくやら」

 

 

 

駆け出すだけ駆け出して校門へと到着する舞人。

行き交う他の生徒達を横目にしつつ、校門の壁に寄りかかって愚痴る。

 

 

 

 「“思い出さなかったら”なんて……考えたくもねぇってのに」

 

 

 

夢に襲われる度に辛かった。夢に贖えぬ度に悲しかった。

夢の中で誰かの声を聞く度に胸が痛かった。

その答えを得るまで、今の今まで掛かってしまった。

だからこそ、もう苦しみたくはない。だからこそ、護り抜きたい。

二人を哀しませたりはしない……だから、赦して欲しい。

決して口には出せないけれど、それもまた舞人の本心。

 

 

 

 「お? 舞人じゃないか。おっすっ!」

 

 

 「山彦? おはよう」

 

 

 「……うわ、何かお前に普通に挨拶されると微妙な気分になるな」

 

 

 

丁度登校してきたクラスメイトにして学園一番の悪友、相良山彦と挨拶を交わす。

山彦の言っていることは多少酷いかもしれないが、多分本音なのだろう。

 

 

 

 「失礼な奴だ。まぁいいけどな。今日の俺は微妙なテンションだし。

  とりあえず流してやる、寛大な俺に感謝しろよはっはっはっは」

 

 

 「微妙なテンションってどういうことだ? 

  そういや星崎さんと雪村さん一緒に居ないけど、関係あるのか?」

 

 

 「関係も何もまんま奴らの所為だな。うん、俺は悪くない」

 

 

 「すまん何が言いたいのか俺にはちっともわかんねぇ」

 

 

 

無理もない。挨拶交わしていきなり大きい態度を取られて終わりだ。

そこから何を推察すればよいやら……山彦の苦労を偲ぶ。

 

 

 

 「別に知りたくもないけどな……で。舞人、学校入らないのかよ?」

 

 

 「勿論入る。しかしあいつらを待たねば後が怖い」

 

 

 「何だよ、星崎さん達置いてきちまったのか」

 

 

 「仕方ないだろ、色々事情があったんだよ」

 

 

 

むすっとしながら道に目を向け、ぼーっと二人を待つ舞人。

山彦的には放っておいても何ら問題はないのだが、

別に遅刻する訳でもないので一緒に待つことにした。

 

 

 

 「で、舞人。聞きたいんだけどさ」

 

 

 「あ? くだらんことなら答えんぞ」

 

 

 「いやいや。俺らの年頃だったらくだらないどころかかなり重要なことだって」

 

 

 

そう言いながら舞人の肩に腕を回し、いかにも『親友』の図式で訊ねた。

 

 

 

 「なぁ色男、結局のところ星崎さんと雪村さん……お前の本命どっちだよ?」

 

 

 「ひっつくな暑苦しい。俺にそのケはないぞ」

 

 

 「心配すんなって。俺にも一切そんなん無いから。

  俺だって同じことやるならやっぱ女の子との方がいいに決まってんだろ」

 

 

 

しかし腕は放さず、ヘッドロックの体勢に移行しながら意地悪気な笑みを浮かべる。

舞人はこの程度の束縛なんて簡単に外せるし外しつつ相手の関節を外すことさえ可能だ。

が、これはあくまでも親愛の情だと判っているし山彦相手にそこまでやることもない。

『しゃあないなぁ』と思いながら声を出した。

 

 

 

 「判った判ったっ! 答えるから首から腕を外せ! 目立つわっ」

 

 

 「よしさぁ答えてくれ」

 

 

 

あっさりと腕を外し、にこやかな表情で舞人に向き直る山彦。

舌打ちしつつ「どっちも俺のだ」と答えようとした瞬間に、気配を感じ取った。

 

 

 

 「どした?」

 

 

 「ちょっと離れてろ。来た」

 

 

 「来たって何がだよ?」

 

 

 

無言で通学路に視線を向けて、向かってくる二人の少女を待つ。

舞人は、タッタッタッと小走りに駆けて来る二つの足音を聞きとめていた。

 

 

 

 「舞人く〜〜〜んっ!」

 

 

 「せんぱ〜〜〜いっ!」

 

 

 

道の先から二人の声が響く。山彦もようやく視界に入って納得……むしろ感心した。

舞人が離れろと指示したのは接近してくる二人の足音が聞こえたからだろう。

他にも数多くの生徒が行き交う中でたった二つの音の違いに気付くなんて凄い、と。

それだけで充分先程の質問の回答になっている気がした。

簡単に希望と小町に挨拶をした山彦は、既に満足していた。

 

 

 

 「案外遅かったな。まったく、そんなんで養成校の一員やっていけるのか?」

 

 

 「……お前が言うと結構違和感覚えるのって俺だけ?」

 

 

 「やかましいぞ相良のやますけ。こいつらの生殺与奪の権利は俺にある。

  何を言おうと俺の勝手だ」

 

 

 

走ってきた希望と小町へのねぎらいの言葉もなく、ふんぞり返る舞人。

『朝から学園のプリンセスに会えたラッキー!』なんて思っている一生徒からすれば

『ふざけんなこの野郎馴れ馴れしくプリンセスと喋ってんじゃねぇっ!』だろう。

 

 

 

 「む〜〜〜〜。舞人君、判ってるよね?」

 

 

 「…………何の事かな?」

 

 

 「あ〜そうですか、せんぱいはそういう態度をお取りになりますか」

 

 

 

しらを切った舞人に溜息つきつつ、反撃に転じた。

 

 

 

 「「せーの……えいっ!」」

 

 

 「おー」

 

 

 

二人してハモりつつ舞人の両腕に抱きつく。見ていた山彦は感心の声。

というか舞人、いきなりの行動に吃驚。

 

 

 

――――――ほよんほよんっ!? ぷよんぷよんっ!?(舞人心の叫びさーど)

 

 

 

いや確かに慣れ親しんだ感触なのだがいきなりはビビる。

家からあまり離れていない通学路ならまだしも、此処は学園の校門だ。

舞人的には色々な意味で『マジヤバイんですがっ!?』という気分。

 

 

 

 「痴女か貴様らわぁぁぁっ!?」

 

 

 

裏声になりつつ混乱。声を出せば出した分だけ余計に目立つ事に気付いていない。

というか彼は、朝方の自分の発言を忘れているのだろうか。

 

 

 

 「変なこと考えた罰だよっ♪」

 

 

 「変なこと考えた罰ですよっ♪」

 

 

 

罰と言いながら非常に嬉しそうな顔。多分既に開き直っている。

変なことというのは記憶が戻らなかったら……というIFの話。

例えIFだとしても、舞人が自分達を求めてくれないなんて考えたくもない。

 

 

 

 「おいこら引っ張るな袖伸びるってのっ!」

 

 

 「心配しなくても大丈夫だよ〜。私達の家事能力はちゃんとわかってるでしょ?」

 

 

 「雪村も希望先輩も炊事洗濯掃除その他諸々、花嫁修業は完璧ですからっ!」

 

 

 「微妙に答えになってねぇって――――――――――――!」

 

 

 

あれよあれよと流れていく光景を、一観客として見守っていた山彦は呟いた。

 

 

 

 「よくやった……舞人」

 

 

 

ほろりと感動したとかしなかったとか。

 

 

 


 

 

 

HR前の教室にてのお話。

登校の時に目立っていたのは言うまでも無いため、クラスで質問責めにあった各々。

三人揃って腕を組んでいたというのが真実なのだが、

星崎希望親衛隊及びFC、雪村小町FC(実はあったらしい)の面子は

意図的に自分達に都合良くフィルターを掛けていたりした。

 

例えば小町の教室、1−B。

 

 

 

 「小町〜、さっきのこと詳しく教えて欲しいんだけど」

 

 

 「え? え?」

 

 

 「しらばっくれても無駄だってばっ! 何? ようやく本命決定?

  正式に付き合い始めたってことよね? 良かったわね〜〜小町っ!

  流石に星崎先輩が相手じゃそう簡単にはいかないと思ってたけど」

 

 

 

問い詰められるのは登校時の光景。

正しい目で見た者(例えば山彦等)は三人仲良くように見受けられるのだが

片方に傾倒している者はどうしても色眼鏡で見てしまう。

真実の図に気付かない滑稽さはあるが、心理的なものとご容赦頂きたい。

 

片や小町としても否定する話ではない。

ずっと、ず〜っと昔から好きな人に恋人と断言されたのだ。

夢見ていた抱擁も、キスも、願っていた全てが叶った現実。

『違いますよ〜、そんなんじゃないべさ!』とかそういう言葉が浮かぶ筈も無い。

なので素直にコクリと頷いた。

 

 

――――で、爆ぜた。誰が? このクラスにいる星崎希望FCの野郎どもが。

 

 

 

 「うおぉぉぉっしゃあああああああ!!

  俺達のプリンセスが! 遂にっ! フリーになったあぁぁぁぁっっ!」

 

 

 「イヤッホォォォォッッッ!!

  桜井先輩っ! アンタの天下は終わったァッ!!」

 

 

 

とか何とか同じニュアンスの歓喜の叫び。彼らも年頃の男の子だ。

高嶺の花と思いつつも学園のプリンセスと評された少女に憧れて何が悪い。

いつ何時でも攻勢を掛けたいが、桜井舞人というコブが邪魔だったのだ。

だがしかしっ! 雪村小町が彼の人の恋人となったのなら星崎希望はフリーっ!

やったやったと嬉しそうに小躍りをするのも無理はない。

 

 

 

 「―――わ〜。流石はプリンセスFC。ウチのクラスにもこんなに居たんだ。

  でも良かったね、小町。これだけ人気のある『あの』星崎先輩から

  憧れの先輩さん奪い取れたんでしょ? まぁ、幼馴染としては複雑かもだけど」

 

 

 

小町のクラスメートが気を遣いつつ彼女のことを祝福する。

彼女としては苦笑するしかない。

何せその気遣いも、祝福も、ましてや少年達の喜びも、ある種で無意味なのだ。

だが、言わない訳にはいかない。もう誰にも邪魔はさせない。

三人で幸せになる……そのためにやれることなら躊躇いは無い。

 

 

 

 「奪い取った訳じゃないよ。私も、希望先輩も」

 

 

 「へ? どういうこと?」

 

 

 「えっと、判りやすく言うと……。

  雪村小町と星崎希望は、二人揃って桜井舞人の恋人なのです。

  何と言いますか、双方異論なしの三角関係ってところでしょうか。てへり」

 

 

 

少々お茶目を入れて宣言。隠し立てする必要も無い、純粋な真実。

周りが認めてくれなくてもいい。親はOKを出してくれた。舞人の母も許してくれた。

何より自分達がそれでいいと決めた。何を言われようとも構うまい。

 

 

 

 『…………………………』

 

 

 

その発言の後、教室中の音が消える。時間が擬似的に停まる。

 

 

 

 「……あの? えと、皆さん?」

 

 

 

小町の声は停滞した教室の中で静かに響く。

此処に舞人が居たなら言ったと思う。『危険に気付かんのかこの雪娘!』と。

 

 

 

 『何ぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっ!?』

 

 

 

人間驚くと案外他の単語が出てこない。

 

 

では、次に希望&舞人のクラス2−A。

舞人としては余計な事態に陥る前に希望に釘を刺しておきたかったのだが

その一部始終を見守っていた山彦が

 

 

 

 「おっしゃあっ舞人ぉっ! 今日は記念日だっ! 祝杯といこうぜっ!

  いや気にすんな今日くらい俺が奢るって! 学園に来てる場合じゃねぇよ!」

 

 

 

一人で盛り上がって舞人を引き摺ったまま堂々とエスケープしようとした。

そんな彼と掛け合いをやっている間に出遅れたのである。

無駄に体力を消耗して教室に辿り着いた舞人が目にしたのが

(鬱陶しいことに山彦は首から手を離さなかったので引き摺ったまま)

 

 

 

 「やっほーゾンミ。見せてもらったわよ、校門の一部始終。

  良かったね〜。あたしとしても感慨深いものがあるわ……あのさくっちがねぇ」

 

 

 「八重ちゃんおはよ〜。そっかぁ、見られちゃってたかぁ……照れりこ照れりこ」

 

 

 

という恋人と悪友が語り合う最悪の光景。

 

 

 

――――――終わった。よりにもよって八重樫の奴が。

 

――――――てか希望よ、貴様顔とセリフが一致してねぇっ!

 

 

 

と内心で叫んでみた。声に出す筈がショックのあまり出なかったのである。

つばさも舞人が教室にやってきたことに気付きつつ、更なる言葉を放つ。

 

 

 

 「で? 結局どういう形に落ち着いた訳? ゾンミの親衛隊とか

  小町ちゃんFCの男共は自分に都合良く解釈してるみたいだけど」

 

 

 

『二人とも腕を組んでいた』という事実を脳内で改変し、

星崎ファンは『雪村小町と腕を組んでいた』と解釈。

雪村ファンは『星崎希望と腕を組んでいた』と解釈。

ちなみにこのクラスの連中も例外ではなかったりする。男は阿呆だ。

 

 

 

 「見たまんまだと思うけど?」

 

 

 「や。あたしもまぁそう思うんだけど。てかアレはそれ以外には見えなかったけど。

  一応当事者から確認したいかな、なんて思ってね。要するに、ゾンミと小町ちゃんは」

 

 

 

はい、チェックメイト。

 

 

 

 「私も小町ちゃんも、二人とも舞人君の恋人になったんだよ。照れりこ照れりこ♪」

 

 

 「あ、やっぱり?」

 

 

 

希望と小町の性格を知るつばさとしては、決して予想外の展開ではなかったため

多少驚きもあるものの、案外あっさりとそう答えられた。が、

 

 

 

 『何ぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっ!?』

 

 

 

その他の男達はそうはいかない。

丁度タイミング良く、小町のクラスからも同じ叫びが轟く。で……舞人、再動。

 

 

 

 「お前なんで当然の如く暴露ってますかっ!?」

 

 

 「え? 舞人君、私何か変なこと言った? 本当のことしか言ってないよ?」

 

 

 「場を弁えろってことだよっ! お前の婆ちゃんも草葉の陰で泣いてますってのっ!」

 

 

 「むぅ……舞人君、怒った」

 

 

 「これが怒らんでいられますかってのっ! 

  こーなると思ったから先に釘刺しとこうと思ったのにこのやまびこ風情がぁぁっ!

  ええい放せ、放さんか! これ以上纏わりつくなら俺にも考えがあるっ!

  鬼塚嬢とディープキスさせたるぞキサマァァァァァァッッ!」

 

 

 

運良くまだ鬼塚嬢は来ていない。本人さえいなければ舞人の天下だ。

『改変使ってでも無理やり襲わせたろうか』と考えたのは秘密だ。

山彦は青褪めてあっさりと腕を外した。彼だって選ぶ権利はあるし命は惜しい。

しかし、時は既に遅し。舞人がツッコミすら放棄し

その場から逃げ出していれば……いや、大して変わらないか。とにかく

 

 

 

 『桜井てめえぇぇぇぇぇっっっっっっ!!』

 

 

 

判りやすい怒号を携えて、大量の男子生徒が舞人を取り囲み始めていた。

さぁ絶体絶命の舞人っち。勿論捻り倒せる相手しかいないが本気も出せない。

悲しいことに対外的にはC3の超劣等生。学園最弱の変わり者。

 

 

 

 「待ちたまえ落ち着いて話し合おうではないですか。

  人類は、与えられた言語能力を生かしてこそ、萬物の霊長ではなかろうか!?」

 

 

 「話し合う余地があるとでも思ってんのか?」

 

 

 「…………やっぱ無理?」

 

 

 

彼には珍しく非常に低姿勢。多勢に無勢には反抗するのも無駄と判断したらしい。

 

 

 

 「と言っても俺達だって鬼じゃない、プリンセスの発言を訂正するなら話は別だ。

  『俺は恋人じゃない』……そう認めるなら俺達は唯一無二の親友だぞ?」

 

 

 

囲んでいた生徒の一人が言った。その言葉は当然教室に響く。

呆れながらその様子を見ていたつばさが『ほほぅ』と言いたげに視線を送り、

囲みのどさくさに紛れて弾き出された山彦が『おいおい』と仲裁に入りかけ、

当事者の一人である希望が僅かに息を呑んだ。

 

 

 

 「さぁ、答えろよ、桜井」

 

 

 「――――断る」

 

 

 「あぁ?」

 

 

 「断るって言ったんだよ。口が裂けても誰がんなこと言いますかっての。

  しょうがねぇから認めてやるが、星崎希望と雪村小町は俺のモンなの。

  あいつらはこの学園一クールでニヒルなハードボイルド、桜井舞人の女なんで。

  あ〜んなことしようがこ〜んなことしようが全部俺の自由」

 

 

 

彼らの年齢が年齢だけに、そういった発言が何に繋がるのかは容易に想像つく。

聞こえていた希望は『あうぅ……』とばかりに頬を染めていた。

その反応だけでこの二人の関係が本物であると理解出来る。

 

 

 

 「つーか、冗談はここまでにしとくとして。宣言しとくぜ?

  俺は、誰にも渡さない。希望も小町も、絶対に渡さない。

  俺が幸せにするって決めたんだ……他の奴に奪われてたまるか」

 

 

 

視線に威圧を篭め、周囲を睨む。

何を譲っても、それだけは譲らない。

神器という称号を捨てても、彼女達だけは捨てない。

苦しむ多くの人よりも、哀しむ二人を選ぶ。笑顔を与えてみせる。

 

 

 

 「分かったならどけよお前ら―――――――マジでキレるぞ?

 

 

 

一瞬だけ殺気を放つ。あまりに一瞬過ぎて認識出来ない程の殺気を。

『最弱と罵られても、特Aクラスの一員。甘く見るな』……そう伝えているかの様。

実際にはそれ以上の存在だが、この場でそれを議論するのは無意味だろう。

一部が怯んで道が開き、舞人は悠然とその囲みから脱出する。

一目散に自分の椅子へと腰を下ろし、傍にやってきた希望の頭を軽く一叩き。

 

 

 

 「ったく、お前が余計なこと言うからだぞ。希望」

 

 

 「……うん、ごめんね。舞人君」

 

 

 

しゅんとした希望の様子を見ながら、つばさは苦笑した。

 

 

 

 「さっきから言ってたけど、“希望”ね。

  こりゃ本物だわ。アンタ達、諦めた方がいいわよ?」

 

 

 「八重樫さんの言う通り。クラスメートとして祝福してやるのが筋ってもんだろ?

  遅くなっちゃってごめんね星崎さん。とりあえず友人代表ってことで、おめでとう!」

 

 

 

言葉尻に乗っかって、山彦が続く。

蜘蛛の子を散らすように、生徒達の気勢が失せていく。

希望はあえてそちらを気にせず、山彦の言葉に嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 「うん! 相良君、ありがとう」

 

 

 

プリンセススマイル、発動。

友人ポジションにして舞人の親友である山彦はその一撃に耐えられたが

その他の男子諸兄には威力があり過ぎた。

今の今まで舞人を取り囲んでいた生徒全員がその笑顔に負け、一斉に教室を出て行く。

瞳には悔し涙。体勢は微妙に前かがみ、いっそ間抜けだ。

 

 

 

 『桜井なんてぇっ! 桜井なんてぇっっ!!』

 

 

 

その慟哭はもはや負け犬の遠吠えであることに気付いていないらしい。

 

 

 

 「あ〜あ。見事に男子連中消えちゃったわ。こりゃしばらく戻ってこないね」

 

 

 「ついでに嫉妬の標的になることも確定だな。モテる男は辛いな〜、舞人」

 

 

 「ふん。俺が人気を博してしまうのはとっくに知っていたわ。

  やっかみなんてイチイチ気にしてたらプレイボーイの名が廃りますっての。

  先に言っておくぞ八重樫。俺には見ての通り希望と小町が居る訳で

  例え貴様が擦り寄ってきても俺の隣は空いて居ないので悪しからず」

 

 

 「ばーか。このあたしが『お願い舞人……私のこと、女にして!』

  な〜んて、殊勝な態度で言うとでも思ってんの?

  さくっちも知っての通り、あたしは恋愛否定組なの。頼まれてもノーセンキュー。

  だから、ゾンミもそんな心配そうにしなくても大丈夫だって、ね」

 

 

 

舞人の発言に少々焦りを見せた希望であったが、つばさに微笑まれて一安心。

『この人は、わたしの』と言いたそうなそぶりで舞人の首筋に抱きつく。

 

 

 

 「えへへ〜」

 

 

 「ばっ! いきなり何してますかっ!?」

 

 

 「恋人のスキンシップとマーキング」

 

 

 「あのなぁ……お前犬かよ」

 

 

 

希望は、呆れて呟く舞人の頬を、一舐め。

 

 

 

 「っ――!?」

 

 

 「……私と小町ちゃんは、舞人君だけの仔犬さんだよ。わんわん」

 

 

 

くぅ〜んと擦り寄る表情の仔犬、もとい希望。

近すぎて舞人自身にはその表情が見えないのだが、セリフで撃沈。

 

 

 

――――――もはや死ねと!? 俺、死ぬの!?(舞人心の叫びふぉーす)

 

 

 

 「うわ、見てるこっちが恥ずい。てかゾンミ、ここが教室だって解ってる?」

 

 

 「……いいもん見せて貰ったぜ、舞人」

 

 

 

その無意味に甘い空気は、浅間弥太郎(28歳独身)が

朝のHRをするために教室を訪れるまでず〜〜っと続いていたのである。

アテられたその他の皆様の苦労を偲ぶ。

 

 

 


 

 

 『舞人君っ!』

 

 

 『せんぱいっ!』

 

 

 

不器用どころか真っ向勝負。星崎希望と雪村小町、今日も全力投球ですっ!

 

 

 

 


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