Eternal Snow

番外編/彼女達の軌跡(Web拍手用)

 

 

当番外編は、同WEB拍手番外編 〜一弥の帰ってきた日〜 の後日談と想定しています。

多少の違和感はあるかと思われますが、ご容赦の程お願いします。

 

 


 

 

 

 

少女の名前は、水瀬真琴。

少女の名前は、美坂栞。

少女の名前は、天野美汐。

 

付き合い始めてもう何年になるか判らないくらいの親友三人組。

小学校中学校と無敵の友情を誇り、今に至る。

誰かが一人欠けただけでその魅力は半減してしまうだろうと当時のクラスメートは語る。

それだけ魅力的な少女達だったから、中学校ともなると当然男子から注目され始める。

丁度異性に興味を持ち出す年頃であり、気の早い者達は彼氏彼女といった具合で

付き合うようにもなる。それが今時の中学生というものだ。

 

当然件の少女達も……いや、少女達だからこそ少年達は特攻した。

無論語るまでもなく当然の結果として玉砕した。

 

少女は言った。

 

 

 

 「あぅ?――――ああ、そのこと? うんバイバイ」

 

 

 「は?」

 

 

 「だからぁ〜、真琴のことは諦めてって言ってるのよぉっ!」

 

 

 

少女は言った。

 

 

 

 「ごめんなさい」

 

 

 「え? いや俺本気で」

 

 

 「ごめんなさい」

 

 

 「ま、待っ「ご・め・ん・な・さ・い・♪」……ってくれ」

 

 

 

少女は言った。

 

 

 

 「はぁ……はい。そうですか、では他の方を当たって下さい」

 

 

 「ちょ、ちょっと待って! 僕は天野さんだからこうして告白してるんだよ?」

 

 

 「ええ、ですからお断りします。例え何と言われても首を縦に振ることはありません。

  ありません、どころか“ありえません”のであしからず」

 

 

 

全員がにべもなく断った。

当然彼女達にアプローチをする者達の中には、学業優秀な者や運動抜群の者が居て、

その他諸々普通の女の子なら「え〜!? 勿体無いっ」と言うこと請け合い。

実際当時の彼女達にそうして諭した友人も居た。

が、彼女達は決して「うん」とは言わなかった。

誰かが揶揄して『鉄の処女(アイアンメイデン)』と噂したとの話すらある。

 

少女達は恋をしていた。

ずっと幼い頃から、一途に一人の男の子を追いかけていた。

今は何処かに行ってしまって逢えないけれど、必ず再会する。

そう天に誓った大好きな男の子が居るから、他の誰かを選ぶ訳がない。

少年の名前は、倉田一弥。

彼女達にとっての姉貴分である倉田佐祐理の弟。

何故か突如留学してしまい、全くと言っていいほど連絡を寄越さない。

たまに電話が親の方には届いているらしいから、生きているのは間違いないのだが。

そうして数年間、『彼がいないという当たり前の中で』少女達は過ごしてきた。

 

少女達が姉達と同じく、北方地区のDDE養成校七星学園に入学を決める。

何故普通の学校ではなく、七星を選んだのか?

単に家から近く、尚且つ授業料も安いから……とか色々理由はあるが

結局の所姉達が其処を選んでいたから、彼女達も同じ場所を選んだ。

それに、実はこの七星学園が建立された場所は彼女達にとって思い出の遊び場。

幼い頃その場所は一面の麦畑。

彼ら、彼女らにとってこれ以上の無い遊び場だった。

追いかけっこは自然と鬼ごっこやかくれんぼになり。

チクチク刺さる麦の感触がくすぐったくて、時々痛くて。

転がって昼寝したり……家に居ない時は大抵この場所かもう一箇所に居た。

それだけ思い出の場所だったから、自然と選んだのかもしれない。

 

姉達と同じ学び舎で、今までと何も変わらない、新しい春がやってきた。

最初こそ新しいクラスメートに戸惑うものの、彼女達は元々大の仲良しだったから

学校の中で孤独を感じることも無かったし、豊かな笑顔が途切れることも無かった。

だからこそ、一年生の間で彼女達は目立っていた。

決して悪い意味ではなく、良い意味で。

自然と少女達に対してそれまでと似たような感情を持つ者がちらほらと出てきた。

まだ一年生、しかも成り立てだから告白とかそういう直接的な行動はないものの。

 

そして、春のある日。

偶々少女達が倉田家に集まった日の午後。

 

彼が――――帰ってきた。

 

 

 

 『真琴?……ただいま』

 

 

 『あ、二人とも。久し振り』

 

 

 『はい。今帰ってきました。遊びに来てたのは皆だったんですね』

 

 

 

彼が、何の変哲も無く玄関に立っていた。

数年前に突如失踪(少女達にしてみれば)した少年が、帰ってきた。

数年振りの再会なのに、そうと思わせない程の気楽な表情で、微笑んでいた。

 

 

――――まぁ、ぶっちゃけて言うと、ムカついた。

 

 

同意しない者には粛清をくれてやる、主に邪夢。

 

真琴がどれだけ心配していたのか知ってる?

栞がどれだけ逢いたかったのか知ってる?

美汐がどれだけ傍に居て欲かったのか知ってる?

 

そんなことはいざ知らずのほほんと立っている一弥。

 

 

――――おかえりなさい!……なんて素直に言う訳が無い。

 

 

同意しない者には粛清をくれてやる、主に邪夢。

 

嬉しいのに、憎らしくて。

喜ばしいのに、悔しくて。

幸せなのに、泣きたくて。

 

 

――――だけど、ただいまって言ってくれたから……許したくなる自分達が居て。

 

 

涙腺が緩んだら、もう止まらなかった。

止めたいとも思わなかった……怒りと喜びとがない混ぜになって、涙に変わった。

抱きついた、泣き喚いた、しがみ付いて離さなかった。

嫌がろうと迷惑になろうと知ったことではない。

放っておいたソッチが悪いのだ、寂しい思いをさせた彼が悪いのだ。

年頃になる女の子を三人も惹きつけておきながら、ほえほえしている方が悪いのだ。

幸せそうな顔をして、いっそだらしなく鼻の下でも伸ばしていればいいのだ。

魅力的に育った自分達を見て興奮するなり、触れた服越しに鼓動を早めればいいのだ。

ドキドキして、それでも手は出せなくて、歯痒い思いでもしていればいいのだ。

何年も帰ってこなかったんだから、それくらい当然なのだ。

 

 

 

 『―――――――』

 

 

 

だけど、彼女達は何故か気付いてしまった。

少年の瞳の奥に、何かがあることを。

傍に居るはずなのに、彼の吐息と体温を感じられるほど近くに居るのに。

彼が、どこか遠くを見ていることを、遠くを求めていることを。

 

『遠く』……それが何なのかは判らない。

教えて欲しいと思ったけれど、少年の瞳を見たら、何故か訊けなくて。

奥底にある真実に気付きたくないから、彼女達は何も言わなかった―――言えなかった。

 

 

『彼を離したくない』と感情が訴えていた。

『誰かに渡したくない』と欲望が芽を出した。

 

 

真琴は、その時、確かに聴いた。

栞は、その時、確かに気付いた。

美汐は、その時、確かに求めた。

 

 

 

 『―――ああ、私は、倉田一弥が、本当に、好きなんだ』

 

 

 

今更何を? と言いたくなるような当たり前の感情を。

幼い頃に抱いたはずの、当然になっていたはずのオモイに。

 

 

みなせまことは、くらたかずやがだいすき。

みさかしおりは、くらたかずやがだいすき。

あまのみしおは、くらたかずやがだいすき。

 

 

だいすき、ダイスキ、DAISUKI。

それまでの『好き』はLOVEではなく、本当の意味ではLIKEだったと理解した。

恋に恋をしていただけの自分に気付いた。

友達として好きだった幼い頃の感情は、好きな人としての好きのはずだった。

だから、遊びでキスもしていたし、それが嫌だった覚えもない。

中学時代に周りでそういう話が上がった時も、優越感があった。

 

 

それは、この涙に比べたら……おままごとでしかない。

 

 

嬉しい、彼が此処に帰ってきてくれて幸せ。

嬉しい、彼がすぐ傍らにいてくれて幸せ。

嬉しい、彼がわたしを見てくれて幸せ。

 

 

感情だけは、何よりも雄弁に真実を述べていた。

だから、決めたのだ、誓ったのだ。

誰にも渡さない……自分達だけの、“たいせつなひと”を。

彼女達が“変わった”のは、それからだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

一弥が七星学園に転入することが判明し、真琴は動いた。

 

 

 

 「お母さん!」

 

 

 「どうしたの、真琴? 落ち着きなさいね?」

 

 

 「お願いっ、一弥をあたし達と同じクラスにしてっ!」

 

 

 

彼女の母―――秋子は七星学園の理事である。

本当はいけないことかもしれないが、何とかして裏から手を回して貰いたかった。

別のクラスになんてなられたら一緒に居る時間が減ってしまうから。

そのために“アレ”を食べろと言われても「うん」と頷く覚悟を持っていた。

ごくり、と無意識に喉が鳴る。

 

 

 

 「ええ、いいわよ」

 

 

 「…………へ?」

 

 

 

やけにあっさりと返事が来た。しかも二つ返事で。

予想していた流れでは、『無理』とか『駄目』とかその他云々かんぬん。

それを打破するべく美汐に説得用のセリフパターンをいくつか教えてもらっていたのに。

 

真実、母――秋子には秋子なりの思惑があった。

七星理事としてではなく、一人のG.Aとして、少年達を見守る親代わりとして。

祐一と一弥(勿論浩平や舞人、純一も含めて)が負った心の傷の重さを知っているから。

祐一が失った神奈という少女との思い出を。

一弥が失ったみちるという少女との思い出を。

傷ついたオモイを誰かが癒さぬ限り、少年達は【永遠】に囚われる。

その救い手として娘達が立候補するなら、母として親代わりとしてサポートしよう。

 

 

 

 「あら、嫌なの?」

 

 

 

余裕ぶったいつもの微笑みで、秋子は言う。

訊ねなくても答えは判っているけど、意地悪。

 

 

 

 「ち、違うよぉ……ただ」

 

 

 「ただ?」

 

 

 「んとね、ジャ――――――な、なんでもないっ!」

 

 

 

『ジャムを食べなさいって言われると思ってたの』という文章を辛うじて呑みこむ。

食べずに済むのならそれに勝る喜びはない。

彼女は最大の賭けに勝利したと言っても、過言ではない。

 

 

 


 

 

 

 

場面は七星学園へと移る。

一年生のフロア、某クラスの様子を抜粋。

ある程度の仲良しを作った者達が、それぞれにグループを形成して会話を交わす。

中にはその緊張が解けずに、未だ一人で居たりする者もいるにはいるが

何せまだ一年生になったばかり、まだまだ打ち解ける手段は山ほどあるから大丈夫だ。

 

そんな少年少女達のグループの一角が、やけに明るい。

話の流れでお解りだろうが、真琴達である。

普段よりも更に機嫌が良く、無意味に笑顔を振り撒く。

近くにいるクラスメートが、逆に不思議がって思わず訊ねる。

 

 

 

 「水瀬さん、すっごく嬉しそうだけど……どうしちゃったの?」

 

 

 

『どうしたの?』ではなく、『どうしちゃったの?』の違いは大きい。

ちなみに真琴に限らず、栞や美汐も同様。この笑顔が却って怪しい。

 

 

 

 「あのねあのねっ、一弥が来るのっ」

 

 

 「かずや?」

 

 

 「うん、一弥っ!」

 

 

 

あまりに簡潔過ぎて修飾語も足りない。純真無垢といった笑顔が眩しい。

よしよし、という具合に彼女の頭を撫でる美汐も、見守る栞も笑顔だった。

 

――――その答えは、HRで明かされた。

 

 

 

 「今日このクラスに転校生が来る――――――入って来なさい」

 

 

 

中途半端な時期の転校生に、少なからずクラスメートは動揺した。

そう、現れた少年に、皆が一喜一憂した。

元々佐祐理の弟であるからルックスが悪いはずもない。

それでいて彼の経験した過去が彩りを自身に与え……同い年と思えない存在感を持つ。

 

 

 

 「はじめまして。倉田一弥と申します。

  右も左も判らない若輩者ですが、仲良くして貰えると嬉しいです」

 

 

 

と、ぺこり。

畏まった物言いに唖然としつつも、その微笑に女の子達は負けた。

畏まった物言いに唖然としつつも、その外見に男の子達は負けた。

畏まった物言いに呆れつつも、一弥がいること自体が彼女達は嬉しかった。

 

にこ〜、と手を振る真琴と栞に目をやって、一弥は苦笑を隠さない。

ちらりと美汐を発見し、「どうにかなりません?」的なコンタクトを送るが

当の彼女は「嫌です」と首を振るのだった。

 

 

 

 「君の席はとりあえず一番後ろの空いている所になる。

  席替えするまでは不憫かもしれないが、名前を覚える機会にして欲しい」

 

 

 「はい」

 

 

 

担任教師の言う通りに座席へと歩き出す一弥。

彼に注がれる視線は好奇のそれ以外にはない。

 

 

 

――――とまぁそんなHRと、無難な一限目を経て。

 

 

 

 「か〜ずや♪」

 

 

 「うぎゃ」

 

 

 

休み時間早々、一弥は潰された。

座っていた一弥に思い切り抱きついてきた真琴の所為で。

彼とて真琴の接近に気付かないはずがないのだが、

普通に話し掛けてくる程度で済むと思っていたのが甘かった。

 

 

 

 「♪〜〜〜〜」

 

 

 「真琴、苦しいから離れて……」

 

 

 「あう?」

 

 

 「タップ、タップ」

 

 

 

当たる胸の感触に気付かないと云えば嘘になる。

鼻に触れる少女の香りが気にならないと云えば嘘になる。

が、それより何より首に絡まった腕が結構辛い。腕を叩いてアピール。

 

 

 

 「や♪」

 

 

 

……あれ? 何で? ていうか一文字?

僕は傍から見れば結構辛い状況に居る筈で。真琴だってそれは気付いてない筈がなくて。

勿論耐え切れない位首を締められている訳じゃないし、力で僕を落とすのは無理だけど。

だからって、周りの目もあるんだから普通は「うん」って言うものだよね? 

 

……と、我らが一弥くんは思ったのでした、まる。

 

 

 

 「真琴。遠慮せずにどうぞ」

 

 

 「わかってる〜」

 

 

 

止めないの? とも思った。助けがないことも同時に悟った。

哀しくも自分の命運が短いことも理解してしまったのだ。

端的に言って倉田一弥は、転入初日にして三人の美少女に付き纏われるようになったのだ。

という訳で、例を僅かながら挙げてみよう。

 

 

例えば、授業中でのこと。

 

倉田一弥は、神器である。神器の座が一つ、白虎の名を冠した存在である。

既に第一線で活躍している彼。伊達や酔狂で神器の名を宿していない。

もっと判りやすく言うなら、強い。

生半可な学生レベルでは太刀打ち出来ない程に、強い。

四天王と呼ばれている姉達を片手間に相手出来る程度には確実に強い。

 

転校生の一弥には、実力を測るための能力測定に参加する義務がある。

いくら秋子、つまり七星学園理事の知り合いだからと言って甘くされる訳がない。

運動能力や戦闘技術、能力所有者ならばその能力の度合い、などの調査だ。

で、我らが一弥君――――――ミスりました。何を?―――――手加減のレベルを。

 

あえて彼の弁護をするなら、学生のレベルというのを知らなかった、と言おう。

無理もない。彼の目標とすべき人は同格の神器であり、彼を育てた人はDDの関係者。

常に自分と同格、もしくは上の存在とばかり付き合ってきたのだから、

ある意味で『以下』という感覚を目の当たりにしたことがなかったのだ。

常に自分の命をチップと替え、誰かのために戦ってきたから……。

全力とは言わない。言わないにしても、同学年にしては頑張ってしまった。

 

教師は言った。

 

 

 

 「く、倉田。お前は今までに実戦の経験があるのか?」

 

 

 

勿論「はい腐るほどあります」とは言えない。

だが、全く無いと言ったら余計に怪しまれるので。

 

 

 

 「……実は、一度帰還者に襲われたことがありまして。

  その時の反省を活かして多少鍛えてはいます」

 

 

 

と言って誤魔化してみた。襲われた回数なんて両手の指を軽く超える。

何より、忘れられない記憶も――――――其処には、在る。

 

 

 

 「既にそのレベルでも無い気はするが――――この成績を叩き出していてなぁ。

  もしこれで能力所有者だったりしたらクラスの連中から妬まれるぞ?

  逸材というのはお前のようなことを言うのかもしれないな。

  こんな言い方をするのは失礼だが、流石は四天王倉田の弟、ということか?」

 

 

 「あはは……きょ、恐縮です」

 

 

 

その『もし』がもしではないのだから、もはや皮肉。

確かに元々は能力者ではないが、神器となった時に雷の元素能力を得ている。

属性最強の攻撃力と評しても間違いとは言えないだろう、雷の力。

鬼に金棒とはよく言ったものだ。

 

冷や汗を実感しつつ苦笑すると同時に。

 

――――姉さんっ! ありがとうございますっ!

 

一弥は受け応えつつ、本気でそう思っていた。

普通なら、姉の威光は鬱陶しいだろう。優秀な姉を疎ましいと思っていたかもしれない。

だが、彼の場合は異なる。姉にかこつけて逃げられそうだから。

兄と比較されたら間違いなく「兄さんに勝とうなんてとてもとても」と言っただろうが。

 

 

 

 「ついでに、無手派というのも中々珍しいな。お前達の年頃になると

  大抵何かしらの武器に憧れて使うものなんだが」

 

 

 「姉さんの実力がアレですから……自分が同じように扱える自信がないもので」

 

 

 「トンファーか。確かにあれも珍しいタイプの装備だな。

  あれだけの腕の持ち主だ。比較してしまうのも無理はないか。

  下手な武器で迷っていくよりは正しい選択だ。ま、何か気になるなら相談するといい」

 

 

 「はい。その時はお世話になろうと思います」

 

 

 

自衛の手段として、武器を使うのは止めておいた。

当然ある程度ならどの武器でも使えるし、入団当時、本職では

銃の携行が義務付けられたこともあるから銃とて決して不得手ではない。

だが、彼が使いたい武器は唯一つ。

大好きだった少女の羽を埋め込んだ、形見の品。

他には存在しない、この世に一つしかない空色の大鎌。

使おうと思えばいつでも使える。今この瞬間に出せというなら出せる。

でも、見せびらかしたい訳がない。命が掛かった場ならともかく……出せる筈がない。

 

 

 

 「まぁ色々言ってしまったが、ランク認定の時は間違いなくアップだな。

  というよりも倉田、お前をC3のままにしておいたら俺が危なくなりそうだ」

 

 

 

笑いながら教師が言う。

一連の様子を眺めていたクラスメート(主に女子)の視線が、刺さっていたから。

 

 

 

 「あ、あははは……」

 

 

 

一弥は、笑うしかなかった。

何故かは知らないが、姉譲りの笑顔を続けるしかない! と本能が判断した。

つまり、転校早々存在感の違いを強調し、転校早々人気を獲得したのだった。

 

 

例えば家でのこと。

事実上のほぼ同棲生活という現実を忘れてはいけない。

『軽く遊びに行って来る』=『泊まって来る』の図式が成り立つ。

親とて心配はする……が、信頼もしているから口は出さない。

理解のあり過ぎる親をやっているので、子供達は逆にその信頼を裏切らない。

但しその分、熱が入った後の子供達は凄かった。

特に美汐は週の半分以上を水瀬家で過ごす様になった。

真琴と栞は既に水瀬家が自分の家だから兎も角、無理やり一弥も滞在させた。

 

 

――――賢悟さんと秋子さんが居ますから都合良いと言えば嘘ではないですが。

 

 

というのが一弥の本音。真っ向からデメリットだらけではないので文句も言い辛い。

ただ……詳しく描写するのも疲れるのだが、べたべたべたべた。

誰の目も気にしなくていいから、べたべたべた。

姉達の視線も、応援してくれているソレだから、べたべた。

 

 

――――その都合良さの前に、僕の理性が飛びます。

 

 

というのも一弥の本音。悲しいかな、彼とて男だ。いつ理性がプッツンするか。

心の中には好きな彼女の幻影がよぎるけれど、いつまでそのオモイが持つか。

磨耗し続けた感情に色が宿ったら、自信がない。

ふとしたキッカケでなけなしの理性が切れ、押し倒したらどうしよう。

それを待っているとか阿呆なことを目が語っているように思えるのは気のせいか。

つまり、帰郷早々幼馴染と再会し、帰郷早々懐かれた。

 

 

そんな背景後の学校で、少女達は攻勢防御の策に出た。

やったことは初日と大差はない。が、一つだけ追加される要素があった。

『親公認同伴お泊り=親公認同棲』の(ある一名にとっては不本意だが)事実である。

 

真琴と栞は、堂々とクラスメートが一杯居る中で、はっきり響く音で言った。

美汐は流石に言わないものの、持ち前の控えめな態度で肯定し、続く。

 

 

 

 「『昨日は四人で楽しかった』ですねっ」

 

 

 「うんっ! なかなか『寝かせてくれない』んだもん、『一弥』

 

 

 

 「『久し振りでした』から無理もありませんね」

 

 

 「ぶっ!」

 

 

 

一弥は、素で吹いた。

 

やましい理由なんてちっともない! 手を出した覚えなんて一切ないし!

そもそも同じ部屋で寝てないっ! 昨日眠いって言いながら遊び続けたのは向こうっ!

夜遅くまでTVゲームやらボードゲームやら何やらを『四人で楽しく』やったっ!

『僕は“寝かせて欲しい”って言ったのに、まだする』って言ったのは真琴っ!

数年ぶりにのんびりと揃って遊んだんだから『久し振り』なのは当然なのっ!

 

という真実はどうでもよい。

告げられた言葉だけが暴走し一人歩きし、誤解を招けばそれで良し。

 

 

 

 『何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっ!?!???!?』

 

 

 『嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!?!???!?』

 

 

 『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!!!』

 

 

 

驚天動地に次ぐ驚天動地。

一弥の幼馴染の少女――――今回は『恋人』と表記させて貰う――――

一弥の(自称)恋人達の行動は、予想の遥か斜め上を越えていた。

 

これから先の一弥へのちょっかいを牽制するため。

これから先の自分達へのちょっかいを封じるため。

そのメッセージは至極単純。

 

 

 『私達には一弥がいるんだから手を出すな』

 

 

 

不敵に微笑んだ(自称)恋人達の姿は、一弥には見えなかった。

ただ、広がり続ける喧騒と混乱だけが思考を覆い尽くしていく。

 

 

――――に い さ ん た す け て

 

 

その日、一弥の脳裏に描かれた言葉は、それだけだった。後のことなんて知らない。

ノートはとれていたから、多分本能が片付けてくれたらしい。

ただ、その日を境にクラスメートの男子から

不必要なまでに妙な敵意をぶつけられるようになったは間違い無い。

 

 

総じての結論。

彼女達の紡いだ軌跡は、一弥の受難の日々の始まりだったとさ。

 

 

 


inserted by FC2 system