Eternal Snow

番外編/乙女心は複雑です(Web拍手用)

 

 

当作品は、エタスノ第一部『純一』編(31話まで)を読了後、お読み下さい。

 


 

 

 

朝倉純一、それが彼の名前である。

表の顔は、めんどくさがりの劣等生。

裏の顔は、誰もがその存在に憧れると云われる、神器。

裏の顔を知る者は、現在の初音島にはたった三人しかいない。

 

口癖は『かったるぃ』、何かというと『かったるぃ』。

おかげで仲間達も結構苦労しているらしい、特に同い年の彼などは。

 

さて、そんな彼について最近判ったことがある。

純一は料理が上手い……その事実。

まだ腕を誰にも振るってはいないらしいが、

最近朝倉家に居候している人物の言葉を信用するなら本当らしい。

自分でも認めるような発言もしている。

これで怒ったのが彼の妹、朝倉音夢だった。

 

 

 

 『ひとたび家を離れると働き者ですって!? ふざけるのもいい加減にしなさい!』 

 

 

 

といった具合に。

 

本当はもう少し優しくしてあげたいのだけど、鬱屈した感情がそれを許さない。

乙女心は複雑なのである。

相手が好きな人だから尚の事。

 

極一部の人間は知っていることだが、音夢と純一は血が繋がっていない。

 

小さい頃から純一だけを見てきた音夢が、彼に『兄』以上の感情を持つのも

当然といえば当然のことで……実際本人はそれを自覚している。

まぁそれについてはさして問題を感じていない。

いざとなったら既成事実だのなんだの、関係を義理の親達に認めさせればいいだけの話。

……かなり色々な所が間違っている気もしなくもないが、気にしないことにする。

純一は音夢に逆らえない気質がある、そこを攻めていけば不可能なことではない。

 

最大の問題は……地味に増えてきた純一狙いの少女達の存在。

 

クラスメートにして付属校時代からの学園のアイドル、白河ことり。

純一の幼馴染にして、脅威のIQを誇る風見学園講師、芳乃さくら。

クラスメートにして吹奏楽部期待のホープ、水越眞子。

さくらが海外に行ってから知り合った幼馴染二号、通称わんこ、天枷美春。

 

簡単に挙げただけでも4人、音夢を合わせて5人。

普通に考えれば穴なのに、実はかなり倍率が高いのだ。

 

そんな訳で音夢は思う。

 

 

 

 (兄さんのどこがいいの?)

 

 

 

と。

いや、自分自身もその内の一人な訳で本来なら説得力は皆無だが、

考えなんてものは自分の想像の中で好きにいじれるものだ。

つまり都合の悪いことなんて考えていないということ。

 

 


 

 

 

言ってはなんだが、兄さんにはあんまり良い所がない。

 

めんどくさがりだし、不真面目だし、ランクは低いし。

いつも寝てるし、家事はしないし、ごくつぶしみたいなものだし。

 

ほぉら、欠点がいっぱい出てくる。

うんうん、やっぱりモテそうになんてないよね〜……と思うんだ……け、ど。

 

 

めんどくさがりだけど……いざとなったら格好良いし、優しいし。

不真面目だけど……やる気を出すと結構凄いし。

ランクは低いけど……別にだからって兄さんの価値が下がる訳じゃないし。

いつも寝てるけど……その寝顔を見るのが密かに楽しみだし。

家事はしないけど……私が奥さんをやってると思うと嬉しくなってくるし。

ごくつぶしだけど……私には兄さんが必要だし。

 

 

あれれ? わ、悪い所が消えちゃった……兄さん、そんなに私を困らせて楽しいですか?

 

 


 

 

 

とまぁ今回は音夢に限定してみたが、

最後の結論部については少女達が皆思っていることでもある。

純一自身はそんな評価を自分に下してはいないが、周りの評価は高い。

おかげで純一の争奪戦は水面下で白熱している。

 

最有力候補と噂されることり、兄を独占したい妹の立場を最大限利用出来る音夢。

親友ポジションは伊達じゃない! 注意枠の眞子。

実はかなりの美味しい立場、幼馴染教師のさくら、最後に後輩という強力属性、美春。

 

誰が最終的に勝利するのかを賭けた非公式新聞部のトトカルチョがあるとかないとか。

 

 

閑話休題。

 

 

そんな状況下に自分がいるとは露とも思っていない純一。

未だに美咲という存在を引き摺っている所為もあるのかもしれないが

……おそらく鈍感なだけなのではないかな〜、と最近思うようになった。

今回はそんな鈍感男を襲った一幕を送ろう。

 

 


 

 

 

風見学園武術大会が終わって数日が経過したある日のこと。

学園は今まで通りの空気を取り戻していた。

圧倒的な実力を持つだろう帰還者の登場と、そんな相手と互角に戦ったG.A【戦乙女】。

そしてその帰還者を追い払った神器『玄武』と『大蛇』。

翌日こそ動揺もあったが、流石はDDE養成校、戦いにおける切り替えは素晴らしかった。

まぁ副産物として、【戦乙女】が風見学園の臨時講師になったり、

相棒にして恋人の蒼司も補佐役に任命されてしまったわけだが……些細なことだろう。

ますます神器の人気が向上した事実もあるのだが、正体がバレていないから問題ない。

 

で、その神器『玄武』の正体である朝倉純一といえば……。

 

 

 

 「兄さん!!!」

 

 

 「んぁ?」

 

 

 「『んぁ?』じゃありませんよ! もうお昼休みなのにいつまで寝てるつもりですか!」

 

 

 

今日も今日とて教室の机に突っ伏して堂々と居眠り。

朝の一時限目からずっとこの調子だったため、

いい加減音夢しゃまの堪忍袋が限界を超えたらしい。

先ほど眞子は屋上に消えてしまったし。

本心から言えば寝かせてあげていてもいいのだが、家ならともかく

あの寝顔をこれ以上クラスの面々に見せるのが嫌になった……という感情もあったり。

乙女心は複雑。

 

 

 

 「もう昼? 時間が経つのって早いな〜。学食行くか……」

 

 

 

ん〜、と背伸びをして、机から立ち上がる純一。

 

 

 

 「兄さんって学園に何しに来てるんですか?」

 

 

 

その様子に呆れるように音夢は呟いた。

疑問も当然のこと。

 

 

 

 「何しに来てるんだろうな〜、俺。自分でも判らん」

 

 

 

首をコキコキと回し、純一が返事をする。

それを聞いた周囲の皆が脱力した。

 

 

 

 「あ、朝倉君……」

 

 

 

ことりが苦笑し、純一の傍へとやって来ていた。

何気なく手を後ろに隠しているようだが……?

 

 

 

 「あれだな、学生の本分を全うするため……ってとこか?」

 

 

 「そういう立派なことは、もっと真面目に授業を受けた人が言うんだと思いますけど?」

 

 

 「む。……痛い所をつくな音夢」

 

 

 「それくらい言ってもバチは当たりませんからね、オホホホホ」

 

 

 

冷たい微笑。

純一が逆らえない笑みの一つでもある。

家の財源を一手に握っている彼女は、もうとにかく強い。

 

 

 

 「まぁいいや……飯食ってくる」

 

 

 「あ! 待って朝倉君」

 

 

 「うん? どしたことり」

 

 

 

ことりが純一を呼び止め、後ろ手に隠したものを取り出す。

男子が食べるのに丁度良い大きさのお弁当箱を。

 

 

 

 「あ、あのね? 朝倉君にお弁当作ってきたんだけど

  …………良かったら食べてくれないかな?」

 

 

 

僅かに照れているというか、はにかみながらことりが言う。

 

………………。

何度か彼女が、純一専用にお弁当を作ってきたことはある。

しかし、こうも意識して渡されたことは余り無い。

先日の大会後、昼食を摂っていなかった純一が要求した時のがせいぜいである。

ことりはどうやら、自分から積極的に行動することを選択したらしい。

鈍感男の純一には一番適切な判断だと思う。

今現在、間違いなくリードしているのは彼女だろう。

やはり本命は堅い。

 

 

 

 「おいおいことり、断るわけないだろう? 助かるよ、食費も浮くしな」

 

 

 

純一は嬉しそうにその弁当箱を受け取る。

 

 

 

 「味に自信はないんだけど……」

 

 

 「心配ない。毒じゃない限り俺は完食する自信がある。

  第一、ことりの料理の腕は俺が良く知ってる、ミスなんて無いさ」

 

 

 

と、ナチュラルに返答出来るほどこの少年は恵まれているのだ。

風見学園でことりの料理を味わったことのある人物はそれほど多くない。

クラスの何人かが血涙を流している気もするし、傍にいる音夢が

殺気を出している気もするが……今の純一とことりには些細なことだった。

 

 

 

 「あは、そんなことないんだけど……褒めて貰えると嬉しいかな」

 

 

 「飯に関しては俺は嘘つかないぞ。何せ命に関わるもんな。

  しっかし……最近ことりに世話になってばっかだよな〜」

 

 

 「気にしなくてもいいよ。私が好きでやってることだし」

 

 

 「だからって恩を返さないわけにもいかないだろ?

  そうだな……あ、今度映画にでも誘わせてくれ。勿論俺が持つから」

 

 

 

誘った本人に自覚は薄いがデートのお誘い。

彼にとっては単純にお礼の域を脱していないのだが。

こんなんだから学園に敵を増やしていく。

で、当然彼女が断るはずもなく。

 

 

 

 「え!? ホント!?」

 

 

 

良かれと思って……まぁ確かにアピールしているつもりだが、

こうもはっきりデートのお誘いをしてもらったことは初めて。

ことりは内心でガッツボーズをして、二つ返事で答えた。

 

 

 

 

 

んで、その一連の流れを真横で聞いていた我らが音夢嬢は。

 

 

 

 「に・い・さ・ん?」

 

 

 「な、何だ? 音夢」

 

 

 「今夜のお食事、私が作らせて頂きますね?

  丁度さやかさんと蒼司さんはDDの方に用事があると仰っていましたし。

  たまには可愛い妹の手料理もオツなものでしょう?

  毒で無ければ完食なさる自信もあるそうですし……。

  楽しみにしていて下さいね、お・に・い・さ・ま♪」

 

 

 

最大のライバルに殺気混じりの牽制の視線を投げかけ、

愛しい兄に愛情の篭った死刑宣告を送るのであった。

……乙女心は複雑なのである。

 

 


 

 

 

そしてその夜。

 

 

 

 「ね、音夢! そんなもん入れたらただの毒だ〜〜〜〜〜!!!!」

 

 

 「失礼なこと言わないで下さい! 兄さん邪魔です!」

 

 

 

朝倉家からはある少年の断末魔の悲鳴が聞こえたりしたらしい。

 

 

――――――あんぎゃあぁぁぁぁ………………。

 

 

と。

以下、お隣に住む幼馴染とそのお友達の猫の証言。

 

 

 

 「う、うたまるぅ〜〜お兄ちゃん死んじゃうかも……どうしよ〜〜!?」

 

 

 「うにゃ〜〜(泣)」

 

 

 

…………英雄、朝倉純一に、合掌。

 

 

 


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