Eternal Snow

番外編/舞人のある朝(Web拍手用)

 

 

当作品は、エタスノ第一部『舞人』編(57話まで)を読了後、お読み下さい。

 


 

 

 

それは朝靄が晴れていく時間のこと。

 

 

 

 「舞人君!」

 

 

 「せんぱい!」

 

 

 

今日も今日とて幼馴染の声で目が覚める。

すっかり恒例と化している気がするのは気のせいではない。

 

 

 

 「う……む」

 

 

 

覚醒した舞人の目の前にいるのは、彼の大切な幼馴染二人。

正確には、愛しい少女達……星崎希望と、雪村小町。

 

 

 

 「さぁせんぱい! 今日も素晴らしい朝ですよ〜、機嫌よくご挨拶です!

  さぁご一緒に、おはようございます!」

 

 

 「おはよ〜、舞人君♪」

 

 

 「…………朝っぱらからハイテンションな連中だな、全く」

 

 

 

口をついて出るのは皮肉。

だが、その頬が緩んでいるのをこの二人が見逃すはずもない。

 

 

 

(……つくづく俺は、恵まれてるよな)

 

 

 

あの日以来、希望と小町が遠慮しなくなった。

二人のことを思い出し、素直に二人が好きだと告白したのがつい先日の話。

普通なら二股という奴で、人道的にも最低なのだが希望と小町は文句を言わなかった。

お互いにどれだけ舞人のことを好きなのか知っているし、多少なりともかつての記憶を

取り戻した以上、どんな形であれ舞人を失うなんてゴメンだからだ。

三人でずっと一緒に育ってきた幼馴染だし、今更一人が欠けるなんて考えたくもない。

 

というわけであれ以来、二人は堂々と桜井家を訪問し

舞人の寝顔を堪能した後、起こすようになった。

彼もまさか恋人に起こされるのが嫌なわけもない。

桜香も起こす手間が無くなって朝が楽になったらしく、桜井家では歓迎された。

 

 

 

 「む〜……わざわざ起こしてくれる恋人さんに向かってなんて酷い言い方。

  小町ちゃん、こんな優しくない彼氏さん、一緒に振っちゃおうか?」

 

 

 

希望も舞人の皮肉に負けないように笑いながら言う。

応じる小町もにんまりと笑う。

 

 

 

 「そうですね〜。それもいいかもしれません。せんぱいは優しくないですからね」

 

 

 「ばっ! 何を仰ってますかこのお馬鹿娘っ子さん達は!

  俺様の辞書で『や』を検索したら一番に『優しい』が記録されてますっての!」

 

 

 

焦ったように上半身を起こし声を張り上げる舞人。

 

 

 

 「へぇ〜、意外だね〜……私は『やらしい』だと思ってたよ」

 

 

 「私も同じく、です」

 

 

 

希望と小町、伊達に舞人の幼馴染はやってない。

舞人の言葉なぞ柳のように受け流している。

 

 

 

 「これだから最近の娘は……。女の子がそんな破廉恥な単語を使うなんて

  親御さん達が草葉の翳で泣いてますっての! 親不孝者め! ぷんぷんっ」

 

 

 「そうさせたのは舞人君だもんね〜」

 

 

 「はい。その通りですね希望先輩」

 

 

 

うん、その通りだ。

記憶を取り戻した彼女達は強い。

ついこの間まで舞人に想いを伝えられなくて悩んでいたなんて微塵も思わせない。

 

そしてその点については神器となった舞人だったが、ぐうの音も出ない。

 

 

 

 「おぅ神よ、どうぞこの愚かな娘達をお許し下さい。

  おじさん&おばさん達、貴方達の可愛いかもしれない娘は

  こんな小生意気に育ってしまいました、この分では嫁の貰い手がいませんな」

 

 

 

うんうん、と一人頷く舞人。

そして『至極気の毒だ〜』的な視線を二人に送る。

 

 

 

 「何言ってるんですか、せんぱい。

  私達を貰ってくれる当人が変なコト言ってはいけません」

 

 

 「第一、嫁の貰い手確保したよ〜ってお母さん達に言ったら大喜びされたもん」

 

 

 「…………何ですと?」

 

 

 

舞人の反応に心から満足したのだろう。

希望と小町は更ににんまりとした笑顔を濃くする。

 

 

 

 「両親にはせんぱいと恋仲になれました、と報告済みです。

  孫の顔を楽しみにしてると言われました」

 

 

 「うちも同じだよ。相手が舞人君なら問題ないって」

 

 

 

二人の言葉に絶句する舞人。

確かに二人のことは好きだし、愛している。

一般常識からすれば軽い男、と見られてしまうけれど、この想いは本物だ。

将来的に周りからどんなに後ろ指を刺されようとも

二人を大切にする……と少なからず誓っている。

 

だがそれにも順序があるだろう。

自分から報告に挙がるならまだしも、既にOKサインが出ているとは一体どういうことだ。

実は意外に古風な舞人、非常に納得がいかない。

 

 

 

 「あの人達……どっかおかしいんじゃないか?」

 

 

 

奇特にも程がある。

未だ成人もしていない自分の娘に向かって言うことでは無かろうに。

舞人でなくてもネジが一本か二本外れていると思うだろう。

おじさん達の顔を脳裏に描きながら首を捻る。

 

 

 

 「まぁ、うちの両親ですから」

 

 

 「いやマテ小町、それで片付けるなよ。一生もんの話だろうが」

 

 

 

舞人は割と冷静なフリをしながらも内心焦っていた。

朝っぱらから聞かされる話題としては洒落になってない。

色々な意味で。

 

 

 

 「相手が舞人君だから許してもらえるんだよ。他の男の子だったら

  絶対にお父さん達怒るのは間違い無いもん」

 

 

 「何故俺?」

 

 

 「えへへ、なんででしょう〜?」

 

 

 

嬉しそうに微笑む彼女達の顔を見て、舞人は心が弾むのを自覚していた。

疑問符を出しているのはただの虚勢。

本心は認められたことが嬉しくて仕方ないのだ。

 

 

 

 「ま、いいけどな。お前達のようなじゃじゃ馬二匹を従えられる

  スペシャルグレート調教師はこの桜井舞人様をおいて他にいないのは自明の理。

  誠に遺憾ではあるが、仕方が無いので俺様が引き取ってやらんこともない。

  文句があるならば聞いてやるが……逃げられると思うなよ?」

 

 

 

パジャマ姿で不敵に微笑む彼に説得力は皆無だが、希望と小町に限っては別である。

ここまで惚れ込まれるのも珍しいかもしれない。

 

 

 

 「へぇ〜、私舞人君に調教されちゃうんだ〜、嫌だな〜♪」

 

 

 「お父さん、お母さん、小町はもうすぐ大人になります。天国から見守ってください」

 

 

 

片や楽しそうに、片や真剣に。

ちなみに小町の両親が死んでいるはずもない……コホン。

 

 

 

 「何故貴様らはそう発想が卑猥なのですかっ! 

  花も恥らう乙女なら乙女らしい反応するのが常識ですよっ!」

 

 

 

うん、その通りだ。

舞人も意外に常識人。

これを普段からやっていれば祐一と一弥が泣くこともないのだが……。

普段出来ないからこそ舞人、といえばそれまでだ。

 

しかし即座に返事が来る。

さながらカウンターのように。

 

 

 

 「いえせんぱい。確かに私は俗に言う生娘ですが、精神の方は別ですし」

 

 

 「……うっ!」

 

 

 

舞人の精神に強烈なダメージ。

身に覚え(記憶に覚え)があり過ぎる。

 

 

 

 「記憶が戻っちゃったし……舞人君と何したのか覚えてるし……」

 

 

 「……ううっ!!」

 

 

 

連携発動、追加攻撃がクリティカルダメージ。

何があったか思い出すのも赤面だが……言い返せない。

 

 

 

 「すいません、私が悪うございました」

 

 

 「宜しい。それじゃ私達下に降りるから、着替えて降りてきてね。

  私と小町ちゃんで朝ごはん作ったから」

 

 

 「今日も自信作です。ご期待ください」

 

 

 

最近になって訪れる希望達はご丁寧にも朝ごはんまで作ってくれるようになった。

舞子も作る手間が省けるし、桜香にも『姉様達のごはん美味しいです』と大好評。

“将を射ずるにはまず馬から”というわけでも無いのだが

(舞子はとっくに二人を認めているので)実に喜ばれている。

 

 

 

 「ああ、楽しみにしている。お前達の性格はともかく、料理の腕は確かだからな」

 

 

 

最後まで憎まれ口は相変わらずだが、そんな素直じゃない所も

可愛いと思えてしまうのが恋人の特権である。

 

クス、と微笑み、希望と小町は舞人へと近づく。

 

 

 

 「何だよ?」

 

 

 「せんぱい、おはようのキスがまだですよ?」

 

 

 「毎日起こしてくれる恋人さんに、お礼の一つもしないとね、舞人君?」

 

 

 

舞人は頭をボリボリと掻きながら苦笑する。

 

 

 

 「やれやれ……我が侭なお姫様達だな」

 

 

 

但し、まんざらでもないと彼の瞳が語っていた。

 

 

 


inserted by FC2 system