Eternal Snow

番外編/一弥が帰ってきた日(Web拍手用)。

 

 

 

祐一が冬実市に戻ってくる半年以上前にも、

ある人物が何年か振りに冬実市へと戻ってくる……という出来事があった。

その“ある人物”とは言うまでもなく、倉田一弥である。

 

今回は、そのときに起きた事実を語ろうと思う。

 

 

 


 

 

 

 「異動、ですか?」

 

 

 

神器『白虎』こと倉田一弥に与えられた配属先の異動命令。

“鳥夢町”という地域の守護を行なってきた一弥にとって

意外な命令だったのは言うまでも無い。

何故ならこの町は彼の第二の故郷と言っても過言ではない程愛着ある場所だから。

……大切な“家族”はもう此処には居ないけれど。

 

 

 

 「賢者からの命令ですか。司令部からの直接では逆らい様がないですし……。

  基本的に異論は無いのですが、僕は何処に異動することになったんですか?」

 

 

鳥夢町で彼の上司に当たる人物から回答が来る。

 

 

 

 「冬実市!? こう、朱雀の守護地域じゃないですか。

  わざわざ僕も異動を?…………いえ、あまりに驚いただけです。

  元々あそこは僕の故郷ですし、戻れるのなら文句はありません」

 

 

 

明確な理由が無かったが、司令部からの命令に逆らうことは普通無い。

何より、この町には最高の思い出と最悪の思い出が混濁しているから……正直辛い。

 

 

 

 「神器『白虎』倉田一弥、命令受諾致します」

 

 

 

で、彼はその命令を受け取った三日後、正式に冬実市へと戻ってきたわけである。

 

 


 

 

 「お〜、久しぶり〜」

 

 

 「ご無沙汰しています、浩平さん。今日からこちらに配属されました。

  兄さんが居ないのが残念で仕方ないですが……まぁよろしくお願いします」

 

 

 

冬実支部を訪れた一弥を迎える浩平。

冬実市の守護を任されている神器『朱雀』が彼である。

一弥にとっては一つ上の同僚にあたる。

勿論、一般隊員に正体を知られるわけにはいかないので、特別室にいる。

 

 

 

 「どこか引っかかる言い分だが許してやる。

  確かに俺も祐一とは最近逢ってないもんな。

  お前は連絡取ってないのか? あいつと」

 

 

 「勿論取ってますけど、最近忙しかったので最後に連絡したのは二週間位前です」

 

 

 「ふむ。兄命のお前にしては珍しい。成長したな、うんうん」

 

 

 

ぐりぐり、と一弥の頭を撫で付ける浩平。

 

 

 

 「……こ、子供扱いは止めて下さいよ。浩平さんと一歳しか変わらないんですから」

 

 

 「よく言う。祐一に言われたら素直に頷く癖に」

 

 

 

苦笑しつつ皮肉を言う浩平に、一弥はしれっと答えた。

 

 

 

 「当たり前です。兄さんに褒められて喜ばない弟が何処にいますか」

 

 

 「いや、どこにでもいるって。うちの妹もいい例だ」

 

 

 

弟と妹……性別に違いはあるが大まかな部分では似てくるだろう。

浩平の言うこともあまり間違っていない。

 

 

 

 「浩平さんがお兄さんだったら変なことじゃないと思います」

 

 

 「毒つくな、お前」

 

 

 「浩平さんの妹さんとはお会いしたことないですけど、なんとなく想像つきますよ」

 

 

 

ふう、と溜息をつく。

純一に舞人も妹がいるわけだが……きっと苦労してるんだろうな〜とつくづく思う。

その点自分は運が良い。

血の繋がった姉は優しく立派な女性だし、

兄は自分がこの世で一番信頼していると言っても過言ではない人。

これほど恵まれた環境にいるのは自分くらいかもしれない……大げさだが素直に思える。

 

 

 

 「嫌でも逢うことになるって」

 

 

 「? ああ……学校に通ってるんですね?」

 

 

 「そゆことだ。どうせお前も学園に行くんだろ?」

 

 

 

浩平の質問に一弥は頷いた。

そんな仕草が妙に絵になるのは美形故の特権か。

 

 

 

 「ええ。此処に来る前に秋子さんと会って、その時に聞きました」

 

 

 「話が早くて助かるな。お前、ランクはどうなってるんだ?

  ちなみに俺はC3で登録してるんだが」

 

 

 

……ランクC3とは、学園での強さとしては『最低』であるということ。

仮にも神器『朱雀』、つまりは日本最強の存在だというのに。

 

 

 

 「ひ、低すぎません?」

 

 

 「面倒だったからな〜。下手に高いと目立つじゃん」

 

 

 「……まるで純一みたいなこと言いますね、後者は建前だってバレバレです。

  とりあえずC3から始めます。秋子さんに聞いたら一年生は皆そこから

  始まるんですよね? そこから上げますよ……せいぜいB3か2位を目処に」

 

 

 「あ、そういやそうだったな。ま、好きにしろ。

  んじゃ俺は帰るわ、仕事も終わったしな」

 

 

 「お疲れ様でした。……あ、そうそう。一ヶ月前に送られてきた兄さんからの書類、

  提出は3日後ですから忘れないで下さいね?」

 

 

 

ぎしり、と浩平の動きが止まる。

完全に忘れていたという証拠に、汗が一筋流れ始めた。

一弥はそれに気付きながら、面白そうに言葉を続ける。

充分、彼もいい性格をしている。

 

 

 

 「付け加えますと。アレを提出しなかったら二ヶ月減俸ですよ?

  ちなみに僕は終わらせましたけど、丁度一週間かかりました。

  適当にやってもすぐバレますから。通信で僕と兄さんがチェックしますし」

 

 

 

トドメの爆弾を投下。

 

 

 

 「……嘘?」

 

 

 「嘘言う訳ないじゃないですか。僕と兄さんは神器の中でも良心なんですよ?

  僕達がハメを外すのは、よっぽど余裕がある時です。

  というわけで警告はしましたから、お忘れなきように。

  純一と舞人さんもまだ提出してないんです……そっちは多分兄さんが

  警告文送ってるとは思いますけど、ね」

 

 

 

では頑張って下さいね〜、と無責任に手を振る一弥。

浩平は青い顔をして、踵を返した。

二ヶ月減俸は痛すぎる、最後の足掻きに出たらしい。

尤も、書類の処理能力については一弥と祐一に一日の長がある。

おそらく他の三人が3日で終わらせることはないだろう。

 

……合掌。

 

 


 

 

 

浩平と別れた一弥は、長官に挨拶だけ済ませて帰宅の徒についた。

前回帰省したのはもう一年も前になる。

数年前は狂っていたようなものだし、随分マシになったと自分でも思う。

 

道順を忘れるはずもなく、彼は真っ直ぐに実家へと到着する。

『倉田』と表札の掛かった、所謂豪邸とも言うべき家に。

 

 

 

 「僕の実家とはいえ……やっぱり大きいな」

 

 

 

苦笑交じりに通用口である門を通る。

実家に帰ってきたというのに、呼び鈴を鳴らすもの微妙な話だ。

 

 

 

 「ただいま帰りました」

 

 

 

静かに、それでいて確かに透き通った声で玄関にて靴を脱ぐ。

荷物を入れたボストンバッグが床に置かれる。

 

ところで、学園もまだ春休みで始まっていない。

玄関においてある靴を見る限り、何人か遊びに来ているらしい。

おそらく姉の友人達であろう、まず間違いなく男はいないと想像出来る。

 

 

 

 「何だかんだで、兄さん以外の男の人に興味ないもんなぁ、姉さんは」

 

 

 

自分が修行に出る前の小学生の頃からずっと同じことを言い続けていた猛者。

いや、姉に限らず幼馴染の皆が揃って同じことを言っていたのだが。

 

 

―――しかし。

 

 

 

 「兄さんに、その気は無いだろうけど」

 

 

 

そう、少なくとも今の自分達には無理だ。

傷が癒えていない。

忘れたくても、忘れられないし……忘れるつもりもない。

左手首のリボンが、あの子の形見がその証。

けれども思う、自分はともかく、兄さんにだけは幸せになって欲しいと。

 

『倉田』という網から自分と姉を救ってくれた恩人。

『別れ』という苦しみを味わった人、彼だって同じように傷ついていたのに、

それでも自分を護ってくれた人だから。

 

 

 

 「――――いつか、本当の笑顔を浮かべたいね。皆で」

 

 

小さな願い。

だけど、もう叶わないかもしれない願い。

叶わないかもしれない願いだからこそ……求めたいコト。

 

 

 

 

 

 

 「あ」

 

 

 「真琴?……ただいま」

 

 

 

金髪とまではいかないけれど、素敵な亜麻色と言える髪の色合い。

快活そうな雰囲気は、彼女の性格の顕れ。

少しばかり悪戯好きだけど、決して憎めない少女。

水瀬真琴……一弥にとっての幼馴染である。

なるほど、遊びに来ているのは彼女達か、と納得。

 

 

 

 「かず、や?」

 

 

 「うん。正真正銘倉田一弥だよ。忘れられたら悲しいかな?」

 

 

 

にっこり、そんな擬音が聞こえそうな笑顔を浮かべる一弥。

敬語はあえて使わない……今使ったら怒られそうだし。

 

 

 

 「あ」

 

 

 「あ?」

 

 

 「あう〜! 帰ってくるなら帰ってくるって連絡しなさいよぉ〜〜〜!!!

  勝手にどっかに留学なんかしちゃって! バカバカバカバカ!」

 

 

 

タッタッタと走り、一弥の胸元をドンドンと叩く真琴。

丁度頭一つ分ほど背が高く、腕を回せばすっぽり収まりそうな程に華奢。

 

 

 

 「ご、ごめんごめん! 中々連絡する暇がなくて、ね」

 

 

 「そんなこと知らないわよぉ! 真琴達が……真琴がどれだけ心配したと思ってるの!」

 

 

 

一年前に一旦帰省した時も、ほとんど誰にも連絡しないで舞い戻ってしまった。

せいぜい父と母、そして姉と舞に会って終わった。

真琴に栞に美汐……数年ぶりに再会したのだ、この反応も文句が言えない。

涙を交えて胸を叩く少女を、ポンポンと宥めてやれるのは自分だけなのだから。

 

 

 

 「真琴さ…………ん?」

 

 

 「真琴、どうしたんです……か?」

 

 

 「あ、二人とも。久しぶり」

 

 

 

声を聞いたから来たのだろう、栞と美汐である。

ちなみに言うと、彼女達も真琴と心境的には変わらない。

そんな二人に「あ、二人とも。久しぶり」とは……喧嘩を売っているかもしれない。

全く悪意は無いけれど。

 

 

 

 「かず……やさん?」

 

 

 「はい。今帰ってきました。遊びに来てたのは皆だったんですね」

 

 

 

再びにっこり。

そんな反応に呆気に取られたのはほんの一瞬。

栞と美汐も目元に涙を浮かべる。

 

あとは何が起きたかなどと語るまでもないだろう。

佐祐理が騒ぎを聞きつけてやってくるまでの約5分、一弥は三人の幼馴染に

抱きつかれ泣きつかれるというある意味……いやかなり羨ましい目に遭っていた。

 

一弥が帰ってきたことを知った彼女達がお祭り騒ぎをしない訳は無く。

ほんの小一時間程で倉田家には名雪、香里、あゆ、舞、

佐祐理、真琴、栞、美汐、一弥……と幼馴染がほぼ勢揃いしたのだった。

祐一が揃っていればもう完璧だったのは言うまでもないだろう。

 

で、即席でパーティが開かれたのは当然のこと。

 

 


 

 

 

 「あはは〜〜〜〜」

 

 

 「ぐしゅぐしゅぐしゅ」

 

 

 「だお〜〜〜〜」

 

 

 「ん、おいし」

 

 

 「うぐぅ……気持ち悪い」

 

 

 

年長者五人は酌のし合いで酔いつぶれる。

約一名下戸。

 

 

 

 「あぅあぅあぅ〜〜〜ごろごろごろ〜〜…………ん〜〜〜♪」

 

 

 「えぅ! キスもしてくれない一弥さんなんて大嫌いですっ」

 

 

 「…………同感です、ではキスして下さい一弥さん」

 

 

 

年少者三人は一弥に甘えまくる。

祐一がいれば上の五人もきっと同じことをしただろう。

まぁなんと羨ましいことか。

 

 

 「ちょ、本気で酔ってますってば皆して! お願いだから正気に戻って〜〜!」

 

 

誰が用意したか知らないが、酒宴に次ぐ酒宴。

今まで帰ってこなかったからとさんざおもちゃにされ、一弥の精神もボロボロに。

ボロボロといっても傍目から見ればかなり運が良い気もするが。

一弥おかえりパーティは、こうして終わるのだった。

 

 


 

 

 

皆が寝静まった後。

一弥は身動きが取れない状態にあった。

何故なら、幸せそうに真琴と栞と美汐が彼に寄り添って眠っているから。

 

 

 

 (みちるも、こうして眠ってたな)

 

 

 

その寝顔に愛しい彼女の面影を見た気がした。

目が涙で潤んでいるのが判る……いつまで経っても悲しみは消えない。

 

 

 

 (だけど、今……僕は“此処”にいる)

 

 

 

もうあの子はいない。

もう、いない。

それが悲しくて、悔しくて……彼は静かに泣いた。

幸せそうに眠る少女達とは対照的な、彼の想い。

 

だけど希望はある。

ここは彼の故郷だから。

きっと……癒してくれるはずだから。

 

今は眠ろう。

少女達の温もりを感じながら、彼は瞳を閉じた。

 

 

 

――――翌日、倉田家を訪れた秋子がそれを見てあることを考えたのはまた別の話。

 

 

 


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