Eternal Snow

150/閑話・“終焉”と“幕間”

 

 

 

何を語ればよいだろう?

全てが遂に始まりを告げた……そうとでも言えば満足か?

下らない、下らな過ぎて反吐が出る。

そう言わせてしまう程「世界」は醜悪で、「永遠」は傲慢で、「人」は脆弱。

脆弱なる人が生み出した神の牙と、傲慢なる永遠が生み出した永久の牙。

牙と牙――――醜悪なる世界にて対立するその存在。

そして五つの獣が目覚めの時を迎え、一つの煌きが現出する。

 

何もかもが今までと同じではいかず、何もかもが変わらない。

変わらないからこそ世界は優しく、変わるからこそ世界は厳しい。

 

謎が謎を呼び、秘密が秘密でなくなる。

幾多に走る物語の道筋が交差し、新しい次元への鍵を作り、再び分裂する。

 

 

永遠を穿つ神の牙。

世界を揺るがす永遠の牙。

 

【Eternal Snow】を待ち望むのは、咎人故か?

求めるのならば、何を期待する?

安らぎ? 悠久の世界? 希望に満ち溢れた未来?

 

違う。世界の果てに安らぎはなく。永遠の果てに悠久はなく。雪の果てに希望はない。

 

 

 

ぎぎぎ。

 

 

 

あるのは、そう――――幻の先にある、孤独。

 

 

 


 

 

 

まずは永遠で語られる一幕を――――――。

 

 

 

 「“ゲームは始まった”……今回はそれに尽きるね」

 

 

 「確かに。まだご納得していない方も多いようですが」

 

 

 

相槌を打ちながら、空名がワインらしき液体を飲む。

 

 

 

 「無理も無いさ。あれだけ意外性を発揮されたら、誰だって文句の一つや二つ、ね。

  どうせ全員回復するんだ。そういうことを知っておくのもまた一興だろ?」

 

 

 「ええ。仰る通りかと。司さんが若干騒がしいようですが、直に納まるでしょうしね」

 

 

 「彼は子供だからねぇ……君もよくもまぁあんなのを選んだものだよ。

  ま、そういう不満は言わせて置けばいいさ。構ってやる義理は無いし。

  何より、まだまだやるべきことは沢山ある。今の内にやれることはやらないと。

  しっかし。個人的過ぎる集団を纏めるのも楽じゃないねぇ。

  ……勿論、僕も含めて我侭だけど。君には苦労かけるねぇ、くくく」

 

 

 

対岸の火事を見ているわけでもあるまいが、

自分のことも含めているというのにどこか愉しげに朝陽は言う。

気だるげにも見えるその様子は、唯一の娯楽を堪能しきった赤子のようで。

彼にとっての最大の目的――――舞人との対峙、それを果たした所為かもしれない。

 

 

 

 「いえ。――――まずは“是怨”の復活ですか?」

 

 

 「ん? ああ、ソレ? あっちの問題は今の所無いでしょ」

 

 

 

訂正する内容ではないが、あえて『問題』という単語を使う。

 

 

 

 「問題と言いますと……やはり」

 

 

 

朝陽が何故『問題』と表現したのかを理解している空名は、

朝陽の機嫌を損ねないよう気遣い、その先を口にしない。

 

 

 

 「全く……面白いよねぇ? ただの人間に■■が関係するなんてさ」

 

 

 

空名が自重した言葉をあっさりと言う。

だがその声音は忌々しげ。憤慨が情念となって言霊と化す。

 

 

 

 「よりにもよって【Eternal Snow】って物語が始まる今になって……。

  これをアレかな? 忌々しい、とでも言うのかな?」

 

 

 「――――こちらから封じますか? あの場では流石に不可能でしたが

  それ相応の用意さえ行えば可能なことです」

 

 

 「無理だよ。下手に手を出せば永遠の存在を消されかねない。

  【永遠】と【■■】は対立しかしない。

  いや、共存できるかもしれないが……不確定要素は取り込みたくないんでね。

  予想がどうであれ、ここで動くのは愚策だよ空名。

  時間を掛けて下積みしなきゃ、全てが水泡に帰す。それじゃ意味が無い」

 

 

 

朝陽はそれらの言葉を冷静に言ったつもりだったが、

爪を噛む仕草をいつの間にかしていた。それは静かな苛立ちに他ならない。

 

 

 

 「出過ぎた発言をお許し下さい。

  ハハ、やはり一筋縄では行きそうも無いですね、この狂楽は」

 

 

 「上手く利用するさ。今更計画変更するつもりはないんだから。

  いいんじゃないの? 人間にも、今暫くの平和を与えても、さ。

  どっちにしろ、僕が待ってるもう一人はまだまだ未熟だし」

 

 

 

微笑は歪で、何かが狂っていた――――くるっているからこそ、えいえんをのぞむ。

 

 

 

 「まぁ、愉しかったからいいよ。ず〜っとあの瞬間を待ってたんだから。

  舞人が神器として【大蛇】を得た。あんな“出来損ない”を、ね?

  それでも立ち向かってくるアイツが無様で愛しくて仕方ないよ。

  くく、はは……あはははははははははははははははは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて、現実にて語られる一幕を――――――。

 

 

 

ホテル内に用意されたVIPルームを緊急の会議所とし、G.Aが一同に会す。

部屋に漂うのは沈黙、という単語。

タバコの煙を噴かせる秋生は、どこか忌々しげに外の景色を眺める。

彼に限らず他の皆も落ち着かぬ様子で思考に耽る。

賢悟は彼らに掛けるべき言葉もなく、

ただテーブルの上に載せた指を一定のリズムで叩き続ける。

幾らかの時間が過ぎ、がちゃり、と部屋の扉が開く。

各々がそちらに目を向け、入ってきた零の姿を見て一つの質問を浮かべる。

傷付いた神器達の現状確認に向かった彼に言うべき言葉は、無論。

 

 

 

 「あの子達の様子は?」

 

 

 

賢悟が問い掛け、零が答える。

 

 

 

 「心配ない……今は寝てる。

  体の傷も最初に比べれば随分癒えて来てるみたいだったな。

  賢悟、俺とお前なら解るだろ? 伊達に神器じゃないってことなんだろうさ。

  単純に、神獣を降ろしたことの方がダメージになってる。

  あの分じゃ面会謝絶にしてても意味ねぇし……あの子達が見舞いに行ってるよ。

  随分必死だったぜ? 隠し事してたのはあいつらだったってのに、な」

 

 

 「回りくどい説明はいらないよ零。聞きたいのは一つだけ。命に別状はないんだろ?

  それだけ聞ければ十分なのよ……あたしの息子がこの程度でくたばる訳ない」

 

 

 「舞子、心配なら見に行ってきてもいいわよ。

  ていうか行けば? 無駄にあたしも喧嘩したくないし。

  さっきからコーヒー飲み過ぎ。どうせ中身は空でしょ?……鬱陶しい」

 

 

 

ちっ、と呻くようにコーヒーカップをテーブルに叩きつけるように置く舞子。

夏子の言葉通り、そのカップには何も入っていなかった。

彼女は軽く夏子を睨みつけ、苛立ちを隠さずに天井を見上げる。

 

 

 

 「あ〜悪かった。さっきからこの部屋妙に寒いんでね?

  あっつ〜いコーヒーでも飲まないと凍え死にそうなんだよ、“氷帝”さん?」

 

 

 「止めて下さい! 姉さんも、舞子さんもです! 

  本当に苦しんでいるのは、辛いのは……私達じゃないでしょう?」

 

 

 

そんな秋子の言葉が、夏子と舞子の胸に響く。

そう、息子を助けてやれるのなら、代わってやれるのならと思う。

出来ない現実がもどかしくて。それは、舞子に限らず夏子も同じで。

二人とも母親だからこそ、辛い。けれど、本当に辛いのは子供達だ。

だからこそ、当り散らせない苦しさが心に澱む。

 

 

 

――――――耐え切れない沈黙の中、集う彼らは数時間前の光景を想起する。

 

 

 

会場外に現れた帰還者を掃討し、会場へと戻ってきた彼らが見たのは、

何らかの力の余波によって所々崩壊したリングと、

動揺しきって言葉すら出せなくなった生徒達。

そして朋也と勝平の手で介抱されている神器たる少年の姿。

 

遠くから見ても……感じてしまった。

彼らのその有り様が――――手遅れなのではないか? と。

 

彼らがそう感じてしまったとしても無理のない光景が広がっていた。

G.Aという存在ですらそう感じてしまう場であったから、

単なる学生に過ぎない子供達は尚の事だろう。だからこそ、一人残らず静かなのだ。

本当なら混乱し、怯え……酷くなれば錯乱してもおかしくはないだろうに。

そうならないのは、いっそ『異常』と云ってもいいのかもしれなかった。

 

結果として。手遅れである、というのは勘違いだった。

全身がボロボロで意識すら無いが、それでも命は取り留めていた。

そうなる程に彼らは必死だったのだろう。外から見えた五つの光は、その証拠。

護りたくて、赦せなくて、成し遂げたくて謳いあげたのだろう。

 

「よくやった」……そんな、場違いとも取れる感想を呟いたのは、誰だったのか。

 

 

 


 

 

 

 「何にせよ、ありがとう朋也君。君が居てくれたお陰だよ。

  君は間違いなく祐一君達を救ってくれた。本当に、ありがとう」

 

 

 

零が持ち込んだ情報に安堵し、賢悟が微笑を浮かべて朋也に告げる。

確かに諸手を挙げて喜べる状況ではないかもしれないが、それでも。

 

 

 

 「……俺は」

 

 

 

部屋の隅でところなさげに背中を預けていた朋也は、歯切れ悪く応じる。

その様子にこの場にいる皆が笑った。珍しくも、本当に楽しそうに。

何より、あの啖呵を聞き目にした勝平が一番笑う。

 

 

 

 「今更凹むの? それ全然似合わないって。

  謙遜は美徳なり、ってトコで片付けるのがベストだよ、朋也クン?」

 

 

 「それとこれとは違うだろ?」

 

 

 「違わないよ。事実として君が目を覚ました。

  今此処にいる僕らは、まずそれを祝福する。

  でなきゃ、神器の皆が死んでたかもしれないからね」

 

 

 「……っ」

 

 

 

朋也とて、解っている。

自分が間に合ったことで、あいつらを護れた、と。

それは純粋に誇ってもいいかもしれない。けれど、救った己だからこそ思うのだ。

もっと早く、もっと早く取り戻せていたら、憂うことさえせずに済んだのに、と。

 

 

 

 「言いたいことは……解らなくもねぇよ。だからって、和める訳でもないだろ?

  あいつらは生きてる、だからそれで万事OKってわけじゃない」

 

 

 

だからこそ、彼は言う。楽観的に捉えてもいいことはない。

朋也によって生まれた空気は、朋也によって引き締められる。

そんな言葉に鼻息を鳴らし、零が言った。

 

 

 

 「予想の範疇にあった来訪……生徒に怪我がなかっただけ、僥倖だけどな。

  封印していた筈の光の出現。見事に強奪……全く問題だらけだな」

 

 

 「加えるなら、神器の正体発覚ってのもあるわな。

  ……小僧、勘違いすんなよ。俺様は甘い言葉なんて言わねぇ。

  てめぇが付いてた癖に、情けないにも程があるだろ」

 

 

 

秋生が補足し、朋也を睨みつける。

朋也はその視線を真っ向から受け止めるしかなく、瞳に謝罪の意思を浮かべていた。

 

 

 

 「秋生、朋也君は最善を尽くした。それ以上を望むのは筋違いだろ?

  責めるべきは、本当に責任があるのは、僕達自身だよ」

 

 

 「わあってるよ、んなこたぁ……八つ当たりだってことも――――解ってんだよ」

 

 

 

くそ、と彼は悪態を吐き、憮然としながらタバコを吹かす。

そんな秋生の苛立ちは、理解出来るのだ。同じ立場にあるからこそ、理解出来る。

だからこそ、それまで「同じ立場」ではなかった朋也以外に言える言葉は無い。

 

 

 

 「オッサンの言う通りだよ。俺が、もう少し“しゃん”としてれば

  あいつらがあそこまでボロボロになることなんてなかったかもしれない。

  自惚れなんかじゃなくて、俺ならそう出来るだけの力があったんだから。

  だから、オッサンが俺を殴りたいって言うなら文句言わない」

 

 

 

素直に殴られるから、好きにして欲しい……と語る。

そんな有り様を見て、さしもの秋生とはいえ毒気を抜かれる。

いつものように反発してくるのならば話は別だが、

罰を求めるかのような顔をした“子供”を殴る趣味は無いのだ。

 

 

 

 「……言ってろ。ガキが」

 

 

 

けっ、と唾を吐き捨てるような素振りで秋生がソファーに寝転がる。

それは、彼なりのあてつけなのだろう。責任を俺に寄越すな、という。

 

おそらくこの場にいる面子の中で唯一朋也を殴れるであろう

秋生の言葉に、朋也は諦めたようにかぶりを振る。幾許かの期待があったから。

そんな甘えを振り払い、一つの疑問を朋也は提示する。

自らが思わず矛を鈍らせてしまった言葉。

自らが迷いを抱く羽目となった言葉を。

あの時、【■■■■】――――何かを言われた。

しかし“何か”が判らない。だから、訊けることなんて一つしかなくて。

 

 

 

 「……俺って、何なんですか?」

 

 

 

朋也が呟いた。

瞬間、皆の空気が止まる。

 

 

 

 「あいつは……あの使徒は俺を見て確かに何かを言っていた。

  でも、俺にはそれが判らない。解ろうとしても、どうしても解らない!

  俺には“何か”があるんですか? 俺はただの人間でしょう?

  永遠が俺に謎かけするようなことなんて――――くそ、訳が解らない」

 

 

 

それは、疑問というには程遠い言葉の羅列。

自分に解らないことが、他の人に解るとは思えない。

それでも思わず口にしたのは、迷いがあるからなのだろう。

 

 

 

 「永遠は何かを知ってるってことなんだろうけどね……いいかい、岡崎。

  間違ってもアンタが永遠を求めようなんざ思うんじゃないよ?

  もしそうなったら……業務用とか関係なくアンタを殺すよ?」

 

 

 「――――言われなくても。俺は永遠を憎みこそすれ、求める理由が無い」

 

 

 

昔の自分を奪ったもの。

無力を味わわせたもの。

今という現実を生み出した……全ての害悪。

 

 

 

 「……憎む、か」

 

 

 

零が言う。

 

 

 

 「零兄さん?」

 

 

 

賢悟の問いかけに、零は言葉を続ける。

 

 

 

 「祐一は永遠を憎んでいる。

  一弥クンも、浩平クンも、純一クンも、舞人クンも。

  純一クンは仇が永遠に居た。舞人クンが戦うべき相手も永遠に居た」

 

 

 

まるで『神の見えざる手』だ。

因果が巡り、因縁を描く悪夢。

 

 

 

 「往人君と美凪ちゃん……も、ね」

 

 

 

あえて零が言わなかったその名を、夏子は紡ぐ。

現状への認識を鈍らせぬため。そして、憂う母として。

 

彼女の苦悩。

息子が戦う現実と、向き合わされた宿命と。

例えどれだけ自分が強くとも、どこまで助けになれるか判らない。

助けになりたくても、なれないかもしれない。いっそ、苦痛。

 

 

 

 「往人君が永遠に居て――――【斬鬼将】柳也も、裏葉も……行方不明」

 

 

 

本当なら、今この場で共に知恵を絞っていたはずの二人。

 

 

 

 「遠野さん達は一弥君だけ遺して、他界」

 

 

 

未来有望な少年少女達を鍛え、導くはずだった二人。

けれど……もういない。

 

 

 

 「なんで……何でこんなに重なるのよ?」

 

 

 

誰に問うたものか?

『誰』に対してでもあって、『誰』でもない。矛盾した疑問。

 

 

 

 「しかも神器が……祐一達が何をしたって言うの!?

  ずっと苦しい思いをして、散々泣き叫んで何が悪いのよ!

  あの子は……どれだけ強くたって…………まだ子供なのよ?」

 

 

 

やりきれない怒り。

どうにも出来ない悔しさ。

その叫びが会議室に響く。

 

 

 

 「姉さん……」

 

 

 「落ち着けよ、夏子。俺達が騒いでも何にもならねぇだろ?

  “今出来ること”をする、俺達にはそれしか選択肢は無い。

  そうするだけの責任と義務が、俺達G.Aにはある。親であると同時に、な」

 

 

 

圧し掛かるのは『世界』を護る者としての立場。

戦う力を持ち、その道を歩んだことへの責任。

そんな兄と姉の姿を見て、口を開いたのは賢悟。

彼は壁際の朋也を見据え、訊ねる。

 

 

 

 「朋也君。これが、現状だよ」

 

 

 

包み隠すことさえない、現実。

人は弱く。永遠は強い。

足掻いて、足掻いて、足掻いて……それで、ようやくの今がある。

 

 

 

 「君がかつて選ぼうとしていた道は、こういう形に行き着いた」

 

 

 

その現実を知らぬまま去れた朋也は、きっと幸運だった。

 

 

 

 「決して楽な道じゃない。理由がどうであれ、逃げた君にとっては、余計にね」

 

 

 

そう、逃げたことを幸運だと思うのなら、来るべきじゃない。

日向に当たり続けて来たのなら、戻ってくるべきじゃない。

『此処』は、影なのだ。栄光ある、暗闇なのだ。

 

 

 

 「永遠は狂ったゲームを演じる。僕ら人間はそれに抗う。

  命掛けで。例え自分が死んだとしても、僕らはその道を選ぶ」

 

 

 

永遠が赦せなくて、自らを戦いの世界へと落としたのだから。

其処に迷いなんてある筈がない。迷ったとしても、確固たる答えを選択する。

 

 

 

 「甘えがあるのなら、来るべきじゃない。

  弱い気持ちがあるのなら、戻るべきじゃない。

  今此処を去るなら、君は、君が得た日常に帰れる」

 

 

 

――――それは、幸せなことなんだよ? と、賢悟の瞳が語る。

 

 

 

戻ってきて欲しいという感情はある。

彼が居ることで与えられる影響力は決して軽くは無い。

戦略的な意味でも、戦力的な意味でも、彼は必要な存在なのだ。

神器達と肩を並べる戦士として、次代のDDを担う戦士として、岡崎朋也は必要だ。

だが、強要は出来ない。彼の歩むべき道は、彼が自ら選択しなければ意味が無い。

だから、答えを望む。何を選ぶのか。曖昧な答えではなく、確かな言葉で。

 

 

 

 「……っ」

 

 

 

有難かった。

自分勝手な行為をしてきた自分を、これほどまでに気遣ってくれた彼らに。

かつての同僚に。かつての先輩に。かつての仲間に。

詰られて当然。神器達を助けたとはいえ、それが何の免罪符になるのか。

そういう覚悟をしてきたから。その優しさが、痛い程に有難いと思えた。

 

答えは――――決めていたから。

 

 

 

 「……逃げた俺には、本当なら資格はないです。

  それは、判ってます。恥晒しだって罵られる覚悟もしてます。

  だけど、俺はあいつらの力になりたい」

 

 

 

どんな悪意を浴びるかは解らなくても、それでも構わない。

こんな俺を慕ってくれた人がいるから。

こんな俺を必要としてくれる人がいるから。

もう、甘えたりしない。自分が出来る事を――――成し遂げたい。

 

 

 

 「俺は、岡崎朋也として、黒十字として――――この道を選びます」

 

 

 

虫のいい話だって判ってる。

だけど、何もしないなんて、許せない。

何もしない自分を、もう、赦せない。

その資格が無いというなら、奪い取る。

誰もが認められないというのなら、認めさせるまで貫く。

自分だけがのうのうと逃げているわけにはいかないから。

 

 

 

 「僕の相棒は君しかいない、そう何度も言ってきたよね?」

 

 

 

誰よりその言葉を望んでいた彼の人が、朋也へと手を差し伸べる。

誰よりもその言葉を喜び、歓迎する彼が、再び十字架を渡す。

それは、修羅を貫くことを決意した優しき人の決意。

そんな思いを抱いて、朋也が頷き返したその時だった。

 

 

 

 「待てよ、小僧」

 

 

 「……オッサン?」

 

 

 

朋也が逃げ出していた間、ずっと彼を見守ってきた人。

古河秋生。【自由人(アーザーディー)】という名を得る、義に厚き者。

朋也の言葉を黙って聞いていた彼が、口を開く。

 

 

 

 「一つだけ答えろ。てめぇは、守れるのか?」

 

 

 「まも、れる?」

 

 

 「アイツは……渚は、元からお前が黒十字だってことを知ってる。

  まぁ、俺がバラしちまった所為だけどよ。

  それもあって、憎たらしいことにアイツは間違いなくてめぇを信頼してる。

  お前が選ぶっつったこの道は、どうやったって渚を……。

  いや、渚だけじゃねぇ。てめぇの近くにいる連中を巻き込むぞ。

  小僧、そうなるかもしれないってことの覚悟があんのかよ?」

 

 

 

事実を明かした今の朋也には、必ずその風評が付き纏うだろう。

どんな形であれ、今までと同じ『単なる不良』なんてカテゴリでは括られない。

相応の立場と……本人が嫌がったとしても、ある程度の権力を有するようになる。

戦いに巻き込むことすらあるかもしれない。いや、それ以上のことがあり得る。

空名が言うように、朋也が本当に【Eternal Snow】の主賓だというのならば

それはいっそ必然とも称される未来予想図なのだ。

だからこそ、秋生の言葉は『責任が取れるのか?』という問い掛け。

 

 

 

 「……取れる訳、ねぇよ。覚悟なんて、できねぇよ」

 

 

 「あぁん? それは、てめぇがまだガキだからか?

  そういう意味で言い訳するっつーなら、とっとと失せろ。

  それとも何か? 今此処で楽にしてやろうか? 責任も義務もなく、終われるぜ?」

 

 

 

一瞬で一丁の拳銃を抜き放ち、朋也の眉間に照準を宛てる秋生。

けじめが足りないということなのだろう。虫のいい上っ面の言葉なぞ、無駄だと。

殴って欲しいと言われ、甘えるなと突き放した。だが。事がこうなるならば、話は違う。

娘を、渚を巻き込むなら……何事も起きぬように、悪意を成せる。

撃てる。撃つ事を躊躇うことはしない。例え相手が朋也だとしても、殺せる。

 

 

 

 「責任も取れない、覚悟も出来ない? なら、これから先のお前の人生だって同じだ。

  ザマ晒す前に、俺が楽にしてやる。渚とそのダチどもは、俺が護ってやっからよ」

 

 

 

彼は、彼なりの愛情を以って朋也を撃つ。

誰かが停めるよりも早く、その指は動いた。

 

 

 

 「っ!」

 

 

 

――――カァンっ! と音が響く。

 

 

 

 「……小僧。それがてめぇの選択か?」

 

 

 「――――ああ」

 

 

 

眉間を狙った一発の銃弾を、掌に作り出したガラクタの塊が受け止める。

めり込んだ銃弾が、秋生の確かな殺意を宿していた。

それだけの覚悟を持つ彼に向かって、責任も覚悟も無い……そんな言葉は通じない。

だから、その裏にある真意を告げる。

一番言いたくない相手だったから、言わなかっただけ。

 

 

 

 「人の命が軽くないこと位俺だって知ってる!

  悲しむ誰かが居るって解ってて、責任も覚悟も持てる訳ねぇだろ!

  そんなもん、必要無い。俺は、覚悟や責任なんて言葉じゃ戦えない」

 

 

 

はん、と鼻を鳴らし、秋生は次を促す。

 

 

 

 「だったら、何があれば戦えるっつーんだ?」

 

 

 

我ながら浮付いた言葉だと思う。

けれど、それが本心なのだ。嘘偽りの言葉で取り繕えば、秋生にはすぐバレる。

あの町でずっと見守ってくれていた彼には、気付かれるだろうから。

 

 

 

 「“感謝”――――俺が掲げる想いは、“感謝”だ。

  俺は、こんな馬鹿な俺を認めてくれた人のために、戦う。その人達のために戦える。

  勝平は、ずっと俺を待ってくれた。祐一達は、俺をずっと信じてくれた。

  古河は、俺をずっと心配してくれた。智代は、黒十字である俺を尊敬してくれた。

  オッサンは――――ずっと俺を見守ってくれてたろ?

  それで、充分だ。それ以上の何かなんて、俺には必要無い」

 

 

 

神器達程強い想いではないかもしれない。

苦しみから始まった感情と比べれば、甘いにも程があると笑われるかもしれない。

けれど、そんな奴が一人ぐらい居てもいいじゃないか。

自らを貶められる程の優しさを持つ朋也だからこそ、その想いを胸に抱ける。

 

 

 

 「俺は、その言葉で戦える。俺を信じてくれる人達に恩返しが出来る。

  だから、俺がどうなったとしても……俺を認めてくれる人だけは護ってみせる。

  それしか、俺には出来ないから。だから――――」

 

 

 

優しさと、感謝。

“ありがとう”という想いが、彼に力を与えてくれる。

 

 

 

 「――――俺は、黒十字を名乗る」

 

 

 

黒き十字架。

背負いし幻想。

星の煌きをその身に宿す者。

此処に再び、戦士が蘇る。

 

 

 

 「……けっ、勝手にしろ」

 

 

 

悪態を吐きながら、どこか満足げに唇を歪めた秋生に、朋也は感謝した。

 

 

 

 「ああ、勝手にするさ。何せ俺は――――師匠せんせい の一番弟子だからな」

 

 

 「それ違う! 師匠の一番弟子はボクだしっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二振りの翼人の刀――――

 

 

込められし羽――――

 

 

翼人の血――――

 

 

法術と呼ばれた力――――

 

 

少女が持った人を超えし力――――

 

 

舞人と朝陽、繰り返された因縁――――

 

 

新たな謎を残し――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにて序章は終わりを告げる。

長々しき語り部にお付き合い頂けたことをこの場で感謝し。

ようやくの道のりを経て、新たな幕が上がる。

しかし、それには暫しの時間を頂く。

 

新しき道を語るにはまだ語られない欠片がある。

まずはそれを語るとしよう。

彼が歩んだ道程を、彼らが刻んだ過去の幾許かを、これより明かそう。

 

 

 

 

 

―――――エンドレスワルツと化したこの物語、お付き合い頂ける皆様に改めて御礼を。

 

 

 

 

 

Eternal Snow 第一部 〜完〜 





*150話は二話構成ですので、下部リンクより続きをどうぞ(通常のTOPページにリンクはありません)*


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