Eternal Snow

123/武術大会 〜開幕 その5〜

 

 

 

多少の難はあれど、冷静沈着普段通りを貫いた秋子の功績により

セレモニーそのものの流れに滞りはなく、無難に時間が経過していく。

兎も角、ゲストの紹介が終わったことで、改めて大会のルールと注意事項が伝えられた。

あくまで大会とは「試合であり、死合ではない」……そのことだけは念入りに。

この点に関してはもはや口が酸っぱくなる程教師達から放たれ、

或いは耳にタコが出来る程に聞かされた話だ……そう、聞かされ続けた話ではあるのだが。

そのことを口にしようものなら、その人間は確実に二度とこの大会には出場できまい。

いや、「護るべき命を軽視する者は養成校の学徒である資格なし」

とのレッテルを貼られ、退学させられることも充分有り得ることである。

だからこそ誰もが秋子の放つそれらの言葉を粛々と受け止める。

 

 

 

 【この大会は、真実的な意味ではそれこそただのゲームに過ぎません。

  だからこそ、軽く思うことだけはしないで下さい。

  勝利に酔い痴れることもあるでしょう。敗北に悔し涙を流すこともあるでしょう。

  それを隠す必要はありません。大いに結構なことです。

  思う存分一喜一憂することも、貴方達には大切なことなのですから。

  ですが、“戦う”という意味を履き違えないで下さい。

  何故貴方達が此処に居るのか、何故貴方達が注目されるのか?

  ――――そのことを理解した上で。大会に臨んで下さい】

 

 

 

まるで『そんなことも出来ないようでは……要らない』と告げるかのように。

 

冷たいと誰かは言うかもしれない。

仕方ないじゃないかと甘いことを言う者がいるかもしれない。

だが、その認識こそが甘く、冷酷なのだということを理解して欲しい。

彼らが将来辿るだろう道と、将来味わうだろう現実を、理解して欲しい。

例え敵であろうと、例え悪であろうと、帰還者とて……元は人なのだ。

つまり。究極的にして窮極的な回答に過ぎないことだが、

彼らが行うこととは、“同属殺し”――“殺人”である。

無論、永遠に魅入られ、魅入り、魅了され、犯し、冒し、侵された以上。

帰還者とは既に人ではない。人でありながら人ではない。人ですらない。

人にすら劣り、全ての生命体に劣り、世界の全てに敗北し、

記憶としても残らぬ“存在を否定された”存在でしかない。

けれども、『人だった』のだ。人と同じように活動した存在なのだ。

故に、殺すことの意味を理解しなければならない。

彼らが振るう力は、跳ね返れば同胞――“ただの人”――を殺すことにも繋がるのだから。

だからこそ、真意を履き違える真似だけは――――許されない。

 

さてともあれ。残っているのは開会宣言のみ。

何も知らない生徒達は、これより始まる宴の開幕に期待を寄せる。

だがその期待こそ、彼らが望む展開であり。

 

 

 

 「一弥ってば、全然姿見えないけど、もう試合の準備してるの?」

 

 

 「そういえば祐一の顔、起きてから一回も見てないよ?」

 

 

 「お兄ぃ、どこ行ったんだろ……あーあ。碌でもないこと企んでそうで嫌だなぁ」

 

 

 「朝倉のヤツ、探しても探してもどこにもいないってのはどういうことよ」

 

 

 「さっき桜井君のお母さん、ジェネラルさん……だったよね?

  あの人も言ってたけど、桜井君って何処に行ったんだろうね? ひかり」

 

 

 

極一部の生徒はそんな彼らの姿が見えぬことに気付く。

が、この喧騒の中では探しようがない。というより『見える』範囲にはいない。

 

関係者にして無関係な少年、朋也が一人首を傾げた。

先程勝平の見せた失態と、その直後の智代への応対のことはともかく、

あまりにここまで順調に来たことがおかしい、と思ったのである。

 

 

 

 (……あれ? おっかしいな。あいつらが何もしないわけがないんだが)

 

 

 

それは確信めいた予感。彼らがこのような場を与えられながら何もせぬ訳がない。

何より先程舞子が言っていたように、実際この場に彼らの姿は無い。

いくらブランクがあるとはいえ、後輩の顔を見つけ出せぬ程不義理ではない。

 

 

 

 「どうかしましたか、朋也さん」

 

 

 「ん、ああ。ちょっと気になることがあるんだが……俺の杞憂か?」

 

 

 

それで済めばどれだけマシか。

 

 

 


 

 

 

 「順調順調。俺達のために風が吹くってな? よし、閉会宣言が出る前に突っ込むぞ」

 

 

 

モニターによる外部確認をしつつ、浩平が告げる。

 

 

 

 「乱入ってこういうことか……。わざわざ改変一回使うっつーんだから

  贅沢なのか阿呆なのか。本当お前ってこういうことには出し惜しみしないよなぁ」

 

 

 

既にステージ衣装(上下ともに黒一色のYシャツとジーンズ、ジャケット)に

着替えた祐一が肩を竦め、舞人を見やる。

 

 

 

 「褒めるなよ、照れるぜ」

 

 

 「…………」

 

 

 

呆れた祐一は、舞人に対して何も言わず、

 

 

 

 「舞人ちゃん寂しいっ!」

 

 

 

その当人はいつもと変わらない。変わらぬことが凄い。

 

 

 

 「おいボーカルとドラム。漫才すんな。支度しろ」

 

 

 

ジャケットの襟を正し、ジャン、とギターピックを一度だけ動かす浩平。

彼の担当はベース。目立ちこそせぬが最も欠かせぬ存在。

そんな彼に対し、「漫才なんてしてねぇっ!」と声を大にして

抗議したかった祐一だが、結局即座に諦めた。いつもの通り無駄だからだ。

果たして今まで何度『諦める』選択肢を選んできたのか……考えたくも無い。

 

 

 

 「こっちの準備はオーケーっす。いつでも出れますよ」

 

 

 

同じ衣装に身を包んだ純一が言う。

彼が持つ楽器は7弦式のギター。音の主軸にして楽器の華。

 

 

 

 「後で散々怒られるんだろうなぁ……特に香里辺りに、さ」

 

 

 「秋子さん達が怖くないとはいえ、僕らからするとどちらがマシなのか」

 

 

 

心底理解を示すかのように苦笑し、一弥はキーボードの音を確認する。

皆の作り出す音を彩り、盛り上げる基本を生むべき存在。

 

 

 

 「多分あいつらの方が怖い。容赦しないし」

 

 

 

はぁ〜あ。と溜息を吐き出し、祐一もドラムセットの中のシンバルを軽く叩く。

余韻を残すその音を聴きながら覚悟を決める。

 

 

 

 「さ、て……。悪い方向に調子に乗るのはここで止めておくか。

  どうやらわざわざ笑いまで演出してやる必要はなさそうなんでな」

 

 

 

ふっ、と微笑み、舞人が自身の髪を掻き上げた。

それは彼の自尊心を強調付けるための行為。

喉を軽く鳴らし、コードレスマイクを指運のみで転がし、握り締める。

 

 

 

 「って。珍しく自分からウケ狙ったとでも言うのかよ、嘘くせー」

 

 

 「黙らっしゃい! これだから空気の読めない祐一はいかん。

  兎も角、言った筈だ。お前らは主役であると同時、この俺を映えさせる黒子。

  それぞれの役目を見事果たし――――全ての視線を一身に浴びようぜっ!」

 

 

 

そう言って見栄を切る。最も信頼する仲間達にだからこそ言える軽口。

最も信頼し合う仲間達だからこそ、その言葉を実践出来る。

舞人はシャツのボタンを上から2つ3つと外し、僅かとはいえ、胸元の肌を露出させる。

黒という色に浮かぶその色がエッセンスになると思い込んでいる。

ラフっぽく自分を見せるという意味としては間違いではない。

彼らが纏う神衣という名の白程似合っているとはいえないかもしれないが、

少なくとも今の彼にとっては、自分を生かす最大限の格好か。

尚。空気読めないなどと嘯かれた以上、祐一も黙っているつもりもなく、舞人に倣う。

 

 

 

 「了解。精々足引っ張らないように……力、尽くしてやるよ」

 

 

 

黒一色に染まった彼。その胸元に光る琥珀の羽。

肌に触れるその感触が、逸る心を冷ます……それが当然であるかのように。

 

 

 

 「ははっ。いいっすね? こういう雰囲気も。

  全身黒ずくめで、まるで殴り込みにでも行きそうな感じするし。

  やっぱ俺らが揃うと碌でもない――なんてな」

 

 

 

純一が皮肉げに笑い、同じようにボタンを外し。

首元を覆う『白』は、黒に反響する唯一のアクセサリー。

 

 

 

 「珍しく同意。たまには“ワル”ぶるのも“悪く”ないってことかな?

  今だけは、『いつもの僕』って仮面を解くのも――――悪くないね」

 

 

 

一弥もまた、自らの興奮が呼んだその熱を逃がすかのように……ボタンを外す。

黒の中にあるただ一つの『蒼』。それは不釣合いでありながら、何よりも代え難く。

 

 

 

 「ったく。っんとーに直前までエンジンが掛からないってんだから

  お前らもホント大概にしとけよ?――――でも、ま。その方が“らしい”か」

 

 

 

手首のバンダナの締め付けを強くし、浩平も同じように笑う。

準備は整った……そう解するのが最も正しい。

誰からともなく、同じように互いが目を合わせる。

 

 

 

 「ふん。主導は本来俺様ではあるのだが――――」

 

 

 

勿体振った様子で、大蛇が。

 

 

 

 「やっぱ俺達の締めは――――」

 

 

 

悪戯をする子供のような顔で、朱雀が。

 

 

 

 「当然、至極――――」

 

 

 

言うまでもないだろうという様子で、玄武が。

 

 

 

 「貴方しかいませんよ――――兄さん」

 

 

 

誰よりも信頼する瞳で、白虎が。

 

 

 

 「結局最後は俺の責任ってか? 押し付けんのもいい加減にしろっての。

  はぁ〜あ……後で叱られるのは俺だけかよ、ったく――――」

 

 

 

応じた言葉と、その声色は全く一致せず。

何より。そう愚痴る青龍の表情は、笑みと形容すべきもので。

彼が、高らかに告げる。

 

 

 

 「――――青龍の名に於いて命ずる! 全力で……楽しむぞっ!」

 

 

 

命令は返す言葉は、ただ一つ。

 

 

 

 『――――了解っ!』

 

 

 


 

 

 

全ての予定が無難にこなされ、最後の宣言となる。

秋子はこの瞬間まで何も起きぬことに違和感を抱きつつ、

そしてこの瞬間にこそ何かが起こるのだろうと確信を抱きつつ、最後の言葉を放つ。

 

 

 

 【では。これにてオープニン……セ……モニーを――――?】

 

 

 

声に重なるように、ジャミングの様な音が響く。

音が一部だけ乱れたことに、会場の皆が違和感を抱く。

しかし、一部の者達にとってみれば“いよいよ”以外の形容なぞない。

 

 

 

 (あらあら。始まりましたね)

 

 

 

秋子が顔にはそれと出さず、内心で満面の笑みを浮かべる。

彼らにとっての唯一の娯楽。唯一の全力。ならばそれを止める理由なんてない。

 

 

 

 【『レディィィースェェェーンド……ジェェントルメェェーン!!』】

 

 

 

二重に響く二つの声が重なり、広がる。

互いの声が完全に重なっていたため、誰のものなのか特定は出来なかった。

壇上の秋子だけが微笑みを崩さず、その場から静かに離れていく。

 

 

 

 (あの子達のことですから……多分)

 

 

 

そう思い至ったと同時、リングの上にスモークが発生した。

何がどういう仕掛けか秋子にも判らないが、

ともかく煙に包まれるよりも先にリングから抜け出す。

 

 

 

 (邪魔になっちゃいけませんものね)

 

 

 


 

 

 

 「――――秋子さんはもういないぞ? で、どうするんだ?」

 

 

 

浩平の指示でリング上の様子を確認した祐一が質問を送る。

当然解ると思うのだが、スモークを焚いたのは彼らである。

マイクに向かって大見得を切った浩平と舞人が、不敵に笑う。

浩平がごそごそと何かを懐から取り出し、何かを祐一にこっそりと告げる。

祐一は意味が解らぬままも、僅かに頷く。

それを確認した舞人が、そこで初めて祐一の疑問に答えた。

 

 

 

 「こうするのよ――――――アルティネイション――――ッ!」

 

 

 「おい!? 舞――――――人――――――!?」

 

 

 

叫んだ祐一の声が『何か』に飲み込まれる。

いや、『それ』は祐一に限らず、一弥や純一、浩平に舞人自身までも包み込んでいく。

 

 

 


 

 

 

リング上に焚かれたスモークは、完全に会場の視線を誤魔化すカーテンとなる。

その中に、一度だけ眩くかの如き光が生まれる。

光はまもなく収束し、煙だけが再びリングに残る。

観客である生徒達からすれば、何が起きているのか全く読めない。

セレモニーの一環であるのだろうという予測は立てられるが

残っていたのは何の変哲も無い開会宣言だけである。他に何をするというのか?

疑問こそあれ他の言葉や感情なぞ湧かぬまま、一方的な展開を甘受するだけ。

 

 

 

――――突然の風が、会場を襲う。

 

 

 

 「ちょ……何、急に」

 

 

 

誰かがそう呟き。

 

 

 

――――風の中に、桜の花弁が舞う。

 

 

 

 「……桜の、花?」

 

 

 

誰かがそう呟いた。

言葉が嘘ではないと証明するように。

無数の桜の花弁が、風によって会場の中を散っていく。

 

自然と煙は風と散り、見えなくなっていたリングの上が露わとなる。

まず最もその存在を示すのは、据えられたスピーカーとドラムセット。

そしてマイクスタンドとギター、ベース、キーボード。

それらは、誰がどう見てもバントをするために用意されるべき道具の一式。

 

だが、何よりも人目を引いたのは――――そこに立つ五人の姿だった。

 

 

 

 「――――祐一、君?」

 

 

 

あゆが。

 

 

 

 「―――― 一弥さ、ん?」

 

 

 

美汐が。

 

 

 

 「――――こーへー?」

 

 

 

繭が。

 

 

 

 「――――朝倉……先輩?」

 

 

 

美春が。

 

 

 

 「――――おにい、ちゃん?」

 

 

 

青葉が。

 

それぞれの驚きは全員に伝染し。

黒の服に身を包んだ少年の姿が、其処には在った。

神衣とは対称となる色、黒。

花弁が黒に触れて、静かに地に落ちていく。

まるでその一瞬だけを写真に収めなければ後悔する、そう誰かが思う程。

突然現れた彼らは一人残らず瞳を閉じ、静寂を演出するかのように音を発しない。

再び花弁が散る。花弁が彼らの頬を薙いでいく。その花弁が地に触れて――――瞳が開く。

 

 

 

 「……ふーん? 成程、な」

 

 

 

その様子を眺めていた朋也が、誰にも悟られぬ音量で呟く。

何処までが演出かは知らないが、雰囲気というものを解ってるじゃないか、と感心して。

主導したのは間違いなく浩平と舞人だろう。つくづく無意味に全力か、と苦笑する。

 

 

――――ジャガジャガジャガジャン!

 

 

景気良く祐一が手首を動かし、音を鳴らす。

響き渡るドラムの音と共に、その視線が固定される。

視線を浴びながらも、【風】を使ったことを周りには見せず

改変を使った舞人の負担を和らげる。

 

 

 

 (改変でテレポート……ったく、無駄なことに使うなってあんだけ言ってんだろが)

 

 

 

心の中で愚痴りながら顎をしゃくり、とっとと始めろ……と舞人と浩平を見やる。

既に純一はシルバーカラーのギターを持ち、一弥は用意されたキーボードの前に座る。

浩平が持つのはベースギター。本人の拘りか赤色。

祐一の視線を受け、舞人はマイクのスイッチを入れ直す。

 

 

 

 【今より暫し、皆々の時間を拝借する所存!】





*123話は二部仕立てですので、下部リンクより続きをどうぞ(通常のTOPページにリンクはありません)*


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